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本日、いよいよNET版第3回CFGシンポジウム、一斉発信!(YouTube映像計24本)

投稿日:2010,01,31

【藤井厳喜Twitterサイト】 とうとう開始しました!
https://twitter.com/GemkiFujii

 ※ 明日、2月1日は、藤井厳喜アカデミーの開講です!


 いよいよ、本日、12時からNET版シンポジウムの大作を配信します。

【第一部】藤井厳喜の基調講演が、3セクションに分かれ約10分の番組、6本から構成されています。
 2010年、平成22年がどのような年になるのか、世界の政治経済を鳥瞰図的に展望し、それを踏まえて日本の社会の変化を予測します。
鳩山民主党政権が、5月には挫折するのではないか?と予測しています。
小沢一郎民主党幹事長の失脚も、ほぼ確実でしょう。

【第二部】は、正統派エコノミストである丹羽春喜先生へのインタビューです。
足元の経済情勢の分析から、ケインズ革命の歴史的意義、更に不況克服の最終手段としての政府通貨発行権の活用について、たっぷり時間をかけ、縦横に語ってもらいました。

【第三部】は、山村明義さんへのインタビューであり、私との対談になっています。
「小沢一郎とは、どのような政治家であるのか?」を長年の徹底した取材から詳細に語ってもらいました。
小沢政治の本質とは何か、現場重視の山村さんの鋭い分析に御期待下さい。


 長時間のシンポジウムですが、今回は、NET上で配信する為、日本全国の方々に無料で観てもらえるのは大変有難いことです。
会場を借りてのシンポジウムですと、東京周辺で会場に来られる方以外には、情報発信が届きませんが、NETを活用する事により、同時に全国の、世界の有志の方々に見てもらえるのは我々の志の共有の為に、素晴らしい事だと思っています。

 年末年始もなく、反NHKや外国人参政権反対などの為に活動をしてきた同志の皆さんに、心から感謝すると同時に、それらの皆さんに是非、このシンポジウムを見て頂きたいと念願しています。
 限られた時間や予算の中で、活動されている皆さんも、NETでの配信であれば、無料で、かつ自由な時間にアクセスして全体を何回かに分けても見る事が出来ると想い、今回、敢えてこのような形で情報を配信させてもらっています。

全体としては長いシンポジウムですが、何回かに分けてでも見て頂ければ、今後の日本を考える上で大きな指針になる事と思います。
2月1日開校の『藤井厳喜アカデミー』と合わせて、ご覧頂ければ、幸甚です。

本当の日本国の危機の年にあたって、私が出来る事は何かと自身に問いかけた結果が、このシンポジウムであり、アカデミーの開校です。

兼ねてから練ってきた内容ではありますが、それを最新のメディアに乗せて、しかも、無料で公開するという事に敢えて踏切りました。

今や、大学やマスコミは、【反日=国家解体勢力】によって占拠されています。
しかし、大事なのは、学校の建物や、立派な放送設備やそれらが生み出す偽の権威ではありません。

志さえあれば、どこでもどのような形でも、教える事は出来るし、教育は元来、そのようなものであるべきです。

私は吉田松陰ほど偉い人間ではありませんが、その松陰先生の志の万分の一でも、継承するつもりでこういった試みを続けてゆく覚悟です。

また、こういった活動によって日々、最前線で苦労されている活動家の方々に御恩返しをすることが僅かでも出来るのではないかとも、思っています。

以前にも言及しましたが、アカデミー開校を発表した直後から、多くの方々から期待と励ましのお便りを頂きました。
所謂、技術系の方々からの期待の声が大きかったのは予期せぬ事でした。
また海外在住の日本人からも激励と期待のメッセージをもらいました。

期待にお応えできるように、今後、尽力してゆくつもりです。
是非、全12回の講座を最後まで、御覧ください。
また、より多くの方々に、この事を御紹介して頂ければ、心から有難いと思います。

では、以下、映像をお届けしたいと思います。

            ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ代表 藤井厳喜

【第一部】 藤井厳喜、2010年を語る!

1/6【第1部】CFGシンポジウム 「藤井厳喜、2010年経済展望」[H22/ 1/31]




2/6【第1部】CFGシンポ「じり貧のアメリカ経済、分裂するユーロ圏」




3/6【第1部】CFGシンポ「多極化する世界―無秩序化に向かう世界政治」




4/6【第1部】第3回CFGシンポジウム「ベトナムという国の重要性」[H22/ 1/31]




5/6【第1部】CFGシンポ 「反シナとしてのベトナムとシナ」[H22/ 1/31]




6/6【第1部】CFGシンポジウム 「2010年国内情勢・政局展望」[H22/ 1/31]










【第二部】 ケインズ革命の歴史的意義と丹羽春喜理論 

1/11【第2部】CFGシンポ 「丹羽春喜先生と政府貨幣特権について」[H22/ 1/31]





2/11【第2部】CFGシンポ 「チャンスを逃した麻生・自民党」[H22/ 1/31]



3/11【第2部】CFGシンポ 「マクロ経済政策の不在」[H22/ 1/31]




4/11【第2部】CFGシンポ 「ケインズ革命の歴史的意義」?[H22/ 1/31]





5/11【第2部】CFGシンポ 「ケインズ革命の意義を詳説」[H22/ 1/31]




6/11【第2部】CFGシンポ「ケインズ政策の実行の為の必要条件と情報戦争」




7/11【第2部】CFGシンポ 「最低400兆円はあるデフレ・ギャップ」[H22/ 1/31]




8/11【第2部】CFGシンポ 「自生的有効需要の妥当性」[H22/ 1/31]




9/11【第2部】CFGシンポ 「レーガン時代の旧ソ工作員の情報操作」[H22/ 1/31]





10/11【第2部】CFGシンポ 「レーガンと足を引っ張ったボルカー」[H22/ 1/31]




11/11【第2部】CFGシンポ 「第2部の丹羽先生との対談の補足解説」[H22/ 1/31]





【第三部】山村明義さんに聞く、2010年日本政治

1/7【第3部】CFGシンポ「山村明義さんに聞く2010年日本政治」[H22/ 1/31]




2/7【第3部】CFGシンポ「小沢一郎論?父親殺しの系譜」[H22/ 1/31]




3/7【第3部】CFGシンポ「中川昭一氏の霊魂が追い詰める小沢一郎」[H22/ 1/31]




4/7【第3部】CFGシンポ「民主党を生んだマスコミ」[H22/ 1/31]




5/7【第3部】CFGシンポ「鳩山民主党が破壊した日米安保体制」[H22/ 1/31]




6/7【第3部】CFGシンポ「政界大動乱に向かう日本」[H22/ 1/31]




7/7【第3部】第3回CFGシンポジウム・エピローグ「無秩序化と無制限戦争」[H22/ 1/31]







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藤井厳喜へのメッセージ、講演依頼も、以下アドレスまでお願いいたします。

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【お知らせ】

2.2 頑張れ日本!全国行動委員会結成大会& 日本解体阻止!全国総決起集会

平成22年2月2日(火) 於・日比谷公会堂

最寄り駅 東京メトロ:丸の内線・日比谷線「霞ヶ関駅」、日比谷線・千代田線「日比谷駅」 都営地下鉄:三田線「内幸町駅」
JR:山手線・京浜東北線「有楽町駅」「新橋駅」

14時00分  頑張れ日本!全国行動委員会 結成大会 大シンポジウム

・ 趣旨説明、討論、決意表明、各界人士 演説、全国地方議員決意表明、ビデオ上映

17時00分  頑張れ日本!日本解体阻止!全国総決起集会

・ 各界人士 演説 (国会議員、地方議員、文化人 その他)
・ 「大会宣言」 及び 「頑張れ日本!全国行動委員会結成宣言」採択

20時00分  終了

主催 頑張れ日本!全国行動委員会(準備委員会)、草莽全国地方議員の会、日本文化チャンネル桜ニ千人委員会有志の会

連絡先 草莽全国地方議員の会 TEL 03-3311-7810 
    日本文化チャンネル桜二千人委員会有志の会  TEL 03-6419-3900
※ 案内チラシは こちら↓
http://www.ch-sakura.jp/sakura/ganbarenippon0202_flyer.pdf(随時更新予定)



近現代世界の国際秩序の変遷 (2)

投稿日:2010,01,22


昨日の続きである)

2010-1-20-yoron3.jpg




昨日の話を復習すると、近代世界で初めて登場した覇権国家がスペインであった。

「対立軸こそが、世界秩序である」という私の観点から、より詳しく説明すれば、主要覇権国家スペインとこれに対立する準覇権国家ポルトガルの対立軸こそが、近代世界に登場した初めての対立軸=世界秩序であった訳である。

この世界秩序(対立軸)が崩壊するのが、1588年のイギリスによるスペイン無敵艦隊の撃破である。
これ以降、世界秩序は第一次群雄割拠時代に入る。

その群雄割拠の混乱の中から、いち早く抜け出し、次の時代の主要覇権国となったのが、イギリスであった。
イギリスの覇権国としての準備を完了させたのが1688年の名誉革命であった。

それ以降は、1914年の第一次世界大戦まで、200年以上に渡るイギリスの覇権時代が始まるのである。
主要覇権国イギリスに対する準覇権国は、この間、三国現れる。
第一の準覇権国がフランスであり、第二がロシアであり、第三がドイツである。
18世紀の半ばは、主要覇権国であるイギリスとこれに対抗する準覇権国フランスの植民地争奪戦が闘われた時代である。
フランス・ブルボン王朝の絶対王政がイギリスと対立し、これが当時の世界の主要な対立軸を構成した。
この間、いち早く産業革命を起こしたのがイギリスである。

象徴的に言うならば、スティーブンソンによる蒸気機関車の発明が1814年である。
これ以降、世界で初めての産業革命がイギリスに起こり、これがイギリス帝国の力を圧倒的にしていった事は言うまでもない。

イギリスに対抗していたフランスは、1789年のフランス革命によって大きな挫折を味わう事になる。
イギリスが1688年の名誉革命で成し遂げた近代革命に遅れる事、101年目にフランスは近代国民革命の時を迎える事になる。
フランス革命の混乱のあと、ナポレオンが登場し、ヨーロッパを席巻する。
しかし、イギリスは1805年のトラファルガー海戦でナポレオンの野望を挫き、1815年のワーテルローの戦いでナポレオンを葬り去り、主要覇権国としての地位を盤石なものとした。

このフランスの没落の後に、19世紀半ばからイギリスのライバルとして登場した準覇権国がロシア帝国である。
海洋国家イギリスと大陸国家ロシアの対立は、「グレート・ゲーム」と呼ばれた。
イギリスは海洋国家として、アフリカの喜望峰を回り、中東さらにインドを制圧し、マラッカ海峡を経て、マレーシアからシナにまで進出する。
これに対抗するロシアは大陸国家としてユーラシア大陸を一途に東進し、極東を目指す。
イギリスとロシアという二つの帝国の勢力が衝突した場所が、くしくも日本列島であった。

思い返せば、スペインとポルトガルが世界分割を決めた1529年のサラゴサ条約でも、両国勢力圏を分断する線は、日本列島の真ん中を通っていたのである。
19世紀中葉、今また、イギリスとロシアのベクトルが衝突するのが、日本列島の上であった。

安政の大獄で刑死した景岳・橋本佐内は、この事態をいち早く見抜いていた。
佐内は、「日本は、イギリスと組んでロシアと戦うのか、ロシアと組んでイギリスと戦うのか、このどちらかを早晩、決断せざるを得なくなる。しかし、いずれにせよ、その時に必要な事は、日本が近代的な統一国家になっていることだ。」と、誰よりも早く警告を発していた。
佐内の予言から、50年後、日本はイギリスと同盟し、ロシアと戦う事になった。
言うまでもなく、日露戦争の事である。

事態は佐内の言う通りになった。
50年後を見据えていた橋本佐内の炯眼は、幕末の志士といわれる人々の中でも群を抜いたものであった。

1905年、ロシアは日露戦争に敗北する。
この敗北により、ロシア帝国は衰退期に入り、第一次大戦中の1917年にロシア革命が起き、ロマノフ王朝によるロシア帝国は滅亡する。
イギリスの第二のライバル、ロシアも姿を消す事となった。

この後に頭角を持ち上げて来るのが、ヨーロッパの後進国であったドイツであった。
ドイツの近代国家としての統一は、1871年であり、明治維新に遅れる事、3年である。
ドイツは文化文明においては進んでいたが、封建時代の小国分立を乗り切る事に遅れ、近代国家としてのドイツ帝国の成立は、著しく遅れたのである。
1871年のドイツ帝国の成立後、宰相ビスマルクの活躍等もあり、産業革命・近代化を大胆に推し進め、19世紀末にはイギリスの覇権を脅かす帝国主義国家として押しも押されもせぬ存在となっていた。

日露戦争におけるロシアの衰退以降、イギリスの主要なライバルとなったのはドイツであった。
第一次世界大戦(1914年から1918年)とは、単純化して言えば、イギリスの覇権にドイツが挑戦した戦争であった。
結果は、ドイツの敗北であったが、第一次世界大戦以降、イギリスの力も限界を迎え、日本やアメリカといった新興国の興隆もあり、世界は第二の群雄割拠時代を迎える事となる。

「第一次世界大戦から第二次世界大戦の終了まで(1914年から1945年まで)」が近代における第二の群雄割拠時代である。

この時代には、ヒットラーのもとで復活したドイツも、ファシズムのイタリアも、スターリン独裁のもとで興隆した共産主義国ソ連も、また、フランス、日本も、イギリスと肩を並べる強国(当時の言葉でいえば「列強」あるいは「一等国」)であった。

第二次世界大戦は、日独伊の後進資本主義国が、英米の先進資本主義国の覇権に挑んだ戦いであった。
共産主義国家ソ連が絡んでいる事が、事態をやや複雑にはしたが、第二次世界大戦の本質は、先進資本主義国家と後進資本主義国家の対立であった。

第二次世界大戦の結果、イギリスの覇権主義の時代は完全に終了した。
イギリスは、第二次世界大戦後、次々にその植民地を失い、覇権国家としては完全に凋落した。
第二次世界大戦の実質上の唯一の戦勝国として世界史に登場したのがアメリカである。
言うまでもなく1945年以降は、アメリカが世界覇権国家となった。

アメリカが主要覇権国であったこの時代に、準覇権国家としてアメリカのライバルとなったのがソ連邦である。
米ソの対立、言い換えれば米ソ冷戦が第二次世界大戦後の世界秩序の中枢を構成する対立軸となった。

1989年、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連邦とその同盟国の明らかな衰退がはじまる。
1991年には、ついにソ連邦自体が解体し、15の共和国に分裂する。
1945年から1991年までが、米ソ冷戦時代(米ソ二極支配時代)であった。

ソ連の崩壊を受けて、アメリカの単独覇権の時代が始まる。
1989年のベルリンの壁崩壊をソ連を中心とする共産主義陣営の崩壊の起点と捉えるならば、これ以降、約20年、2008年のリーマン・ショックによるアメリカ経済の衰退の表面化までがアメリカの単独覇権の時代であった。

ベルリンの壁の前年、1988年には、東側陣営の経済崩壊の実態が、既に明らかになっていたから、数えようによっては、アメリカの単独派遣の時代は、丁度、20年続いた事になる。

2008年のリーマン・ショックが世界経済危機の引き金を引いた。
これ以降が近代における第三の群雄割拠時代である。

アメリカはその経済の衰退と共に、その軍事力も後退せざるを得ない。
横並びで見れば、未だに世界第一の強国ではあるが、アメリカにもかつてのような世界の警察官を務める能力は最早、存在しない。

2008年以降の世界では、いくつもの大国がお互いにライバル関係となっている。
注目すべきは、シナやブラジルや、インドといった低開発国が徐々に力をつけ、世界の大国として登場してきた事である。
ヨーロッパとアメリカの力は今後も徐々に衰退してゆくであろう。

これに対して、かつての低開発国の中から有力な国家が浮上して来ている。
これが現在、我々が住んでいる世界の大雑把な見取り図である。

今後、どこか単一の国家が主要覇権国として登場するような事態は当分考えられない。

近代世界の秩序の変遷を鳥観して言える事は、主要対立軸の構築とその崩壊による「無秩序時代(群雄割拠時代)」が3度繰り返されてきたという事である。

今後、このダイナミズムが繰り返し、新しい覇権国家が生まれるのか?、それとも世界史は全く新しい局面に入り、別の形の世界秩序が生まれるのか?が、我々の最も注目すべきところである。


関連:YouTube映像









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映画評論「アバター」AVATAR (2) ビジネス分析篇- コンテンツ産業考察

投稿日:2009,12,30


 予告通り、本日は映画「アバター」をビジネス的観点から分析してみたい。

一言でいえば、これはアメリカ映画の将来性を示す画期的な映画である。
アメリカ映画はまだまだ行けそうだな、と底力を実感した。


1. 映画ビジネスは単なるコンテンツ産業ではない。
 このビジネスには「映画館ビジネス」も含まれる。

 アメリカ人にとって、映画は1人10ドル以内の気楽な娯楽である。
家族で、恋人同士で、友人連れ立って、映画館に出かける。
ポップコーンをほうばり、コーラで喉をうるおし、観た後で、映画を論じあう。
家族間のコミュニケーションの題材を与えてくれる、という点でも映画は貴重な存在である。
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父と娘が共通の話題を見つけるのは、中々に難しいものだ。

 アメリカ人は誰でも二つの職業を持っていると言われる。
一つは自分の職業、もう一つは、映画評論家である。

アメリカ人は、それほど映画について論ずる事が、おしゃべりする事が好きな国民なのである。

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2. コンテンツ産業としての映画産業の未来に不安はない。
しかし、インターネットやDVDの普及で、映画館産業はピンチである。

家庭の居間で見られる映画を、映画館で見るメリットは何か?
映画館まで、客の脚を運ばせるには、それだけの魅力がなければならない。

 その答えの一つは、普通の「一般映画館での大画面の3D上映」だ。
「アバター」はそれを実証してみせた。

 もっとも、それだけで映画館ビジネスが救済されるかどうか?は疑問だが、当面の答えの一つである事は確かだろう。

 過去、何度もアメリカでは、大迫力の3D・大画面ブームというものは(早くは50年代、次は80年代と)起きた事があるが、いずれも事業としては大失敗に終わってきた。

日本でもIMAX・3Dシアターなどが少し普及したが、興行成績の為の「流通数(劇場数)」が圧倒的に足りない。
 そうした配給環境、NETやレンタルDVD等の時代的要因、不況という社会的要因も考慮の上で、ジェームズ・キャメロン監督は、既存の映写設備がそのまま使える「赤青メガネ(3D用の特殊レンズ)」方式を応用し、技術経営要因も考慮した上で、見事、このプロジェクトを成功させたのだ。
 この成功を受け、世界の劇場では、彼の言う「映画館が、わざわざ出かけてゆく価値のある特殊な環境であり続ける為」に、デジタル立体上映設備の設置が増えてゆくであろう。

 私は最新刊「NHK捏造事件と無制限戦争の時代 」の最終章(第6章)「電波の歴史と無制限戦争」の章で、技術進化と社会の相関関係を詳しく取り上げた。
 第6章では、「『電波(技術)の開発』『メディア革新の歴史』こそ、まさに無制限戦争の様相を帯びていたのである。言ってみれば、電波メディアの業界では、20世紀の初頭からすでに無制限戦争が始まっており、今日、われわれが見聞きするラジオやテレビは、その凄惨な闘いの末に残された戦果でもあるのだ。」と冒頭に述べ、「新技術と社会の相関関係」等を中心に詳しく解説した。

 映画、コンテンツ産業は、そのビジネス・モデル構造を変えながら、イノベイティブなリーダー達により今後も益々変化を遂げてゆく事であろう。




3. 3D技術自体は、シナの映画産業にも盗まれてしまうかもしれない。
 しかし、3Dで観て面白い映画には、それなりのストーリー構成、創造的な関係機材の開発思想等が必要である。
アクション物なら、戦争ものなら何でもよいという訳でもない。

 ジェームズ・キャメロン監督は、ハリウッド映画のコア・コンピタンス(中核的競争力)を実によく考え抜き、企画・構想の段階から、3D技術を最も有効に活用するストーリーを練り上げたに違いない。



 シナも次なるハリウッド化を国家政策として狙っており、コンテンツ産業としても、アメリカの映画産業の将来は手放しで明るい訳ではない。
しかし、所詮、シナ共産党統制下にある「プロパガンダ・ツール」としてのシナ映画産業では、自由な映画作りは不可能であり、世界の才能ある映画人を集める事は難しいであろう。

 その意味で、ジェームズ・キャメロン監督は「アバター」でビジネスとしてのハリウッド映画の将来性を見事に明示したと言えるだろう。



====藤井厳喜より、ビデオ・レター===

 藤井厳喜の「2009年を振り返って」 【年末のご挨拶】



 2009年12月30日、2009年という一年を振り返ってみました。
2009年は特に政治、経済、メディア等で、「既存の秩序」が大きく崩壊した年でした 。
新しい発展パターンを模索しながらも、まだ確実なモデルが見えてこない中、2010年は景気の二番底に向かって進んでしまうでしょう。
政治経済、情報戦争など、一年を振り返りながらも、ビデオレターのように、世界的に益々、群雄割拠化する来年2010年以降の抱負も含め、メッセージをお届けしたいと思います。


 2009年も本当に残り僅かとなりました。

明日はいよいよ大晦日。
 大掃除で忙しいよ、という方も、NHKデモに参加くださる皆様も、本年も本当にお世話になり、誠に有難うございました。

 よいお年をお過ごしください。

            藤井厳喜


海外出張期間、私への連絡が、取りにくい事になりますが、以下のアドレスにご連絡を頂ければ、必ず情報はチェックしておりますので、宜しくお願い申し上げます。

ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ事務局e-mail : info.cfg.future@gmail.com








(↓↓こちらも『NHK捏造事件と無制限戦争の時代 』P460 で既に取り上げた、かなり分厚い本ですが、メディア論を考える有益な参考図書としてお薦めです。)



「東アジア共同体」は、新華夷秩序である。― 本日放映『厳喜に訊け!』補足版

投稿日:2009,10,24

(※毎回、「厳喜に訊け!」放映日には、ブログで補足版をUPさせて頂く事にしている。)

【今週のニュース Pick UP】日米同盟の危機、どうする友愛外交?[桜H21/10/24]

 ↑↑↑ アメリカのゲーツ国防長官が来日し、普天間飛行場の移設問題に関して極めて強いメッセージを発したが、それを受け止める鳩山政権の危機意識は非常に低いようである。
政権交代で早くも露呈した鳩山政権の安全保障センスと、安全保障環境の危機的状況について論評していきます。


【厳喜に訊け!】ダメ!東アジア共同体(共通通貨)[桜H21/10/24]

↑↑↑ これまでにも批判してきた「東アジア共同体」構想であるが、その中でも共通通貨の導入 がいかに日本とアジア諸国にとって害悪となるかを申し上げます。


10月24日土曜日放映の、チャンネル桜のTVコラム『厳喜に訊け!』では、経済学的に見て、「東アジア共同体」構想と「東アジア共通通貨」の導入が如何にナンセンスであり、危険なものであるか、について、簡単に指摘させてもらった。
これは、ブログ上では、既に「2009,10,22」号、「2009,10,19 」号と、2回に渡って、述べた事である。

参考: 2009,10,22 東アジア共通通貨は不可能である!― 補足:ハンディ・キャップとしての為替レート
2009,10,19 東アジア共通通貨は不可能である!― 丹羽春喜先生に学ぶ


では、何故、シナ共産党政権は、「東アジア共同体」を推進するのかと言えば、それがシナの侵略を合理化する隠れ蓑で有る事は勿論だが、「東アジア共同体」が、シナ人が古来、望むところの「華夷秩序」の現在における再現でもあるからである。

簡単にいうならば、「東アジア共同体」はシナ人にとっては拡大された現在版の「華夷(かい)秩序」なのである。
higasiaziakyoudoutai.map.jpeg

「華夷秩序」とは何か。

「華」とは勿論、「中華の華」であり、シナの事である。
中華思想は、シナこそが世界の中心であり、かつ、唯一文明化されたところである、と教えている。
この「中華」を囲むのが、東西南北の野蛮人である。

この野蛮人を「夷(エビス)」と称する。
東西南北の夷をそれぞれ、「東夷・西戒・南蛮・北狄(とうい・せいじゅう・なんばん・ほくてき」と称する。
この四方の蛮族が中華の朝廷に朝貢し、冊封を受ける事によって、華夷秩序は成立する。

「華夷秩序」こそ、シナ人にとっては、唯一の正しい国際関係の有り方なのである。
大国化したシナ共産党政権は、現代において、この「華夷秩序の拡大版」を実現しようと言う野心に燃えている。
nagano.sina.jpg


「東アジア諸国よ、我が中華帝国の属国となれ!」と号令を発したところで、誰も喜んでシナの属国になる国はいない。
そこで、彼らが考えだした時代錯誤の古知恵に与えられた新しい名称が、「東アジア共同体」なのである。
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そこには、東アジア諸国民の繁栄と平和を保障するものは何も含まれていない。
「東アジア共同体」とは、何の根拠もない、中華思想に基づく征服と侵略の現実化以外の何ものでもないのである。

「東アジア共同体」とは、東アジアの全ての国家が今日のチベットや、ウイグルや、南モンゴルの立場に置かれる事を意味する。
それ以外の何ものでもないのである。

いよいよ、拙著『NHK捏造事件と無制限戦争の時代』が、11月に発売される。(11月13日発売予定)
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東アジア共同体が何ものであるか、についてはこの本の中で、特に特別企画章(別章)である『アジア無制限戦争、最前線!!』で、これ以上は無いほど詳細に述べておいた。
この章を読んでもらえれば、台湾、チベット、ウイグルの歴史と現状についての最もよい入門書にもなっている、と思う。
各国についての詳細な、概論や年表も掲げておいた。

予備知識なしで、東アジア情勢におけるの最新の無制限戦争の状況が、分かる仕組みになっている。

【藤井厳喜】新刊「NHK捏造事件と無制限戦争の時代」無事!発売決定のお知らせ![桜H21/10/24]

ジョルダンブックスから拒否され発禁処分扱いを受けていた藤井厳喜の新刊「NHK捏造事件と無制限戦争の時代」ですが 、ようやく新しい出版元が決まり皆様にお目にかけることができようになりました。そのご報告、ご案内をするとともに、この本が先行発売される講演会についてもお知らせします。

是非、読んで欲しい。

======【お知らせ・(先行発売会・情報も含む)】=================
11月、12月と続けて、台湾のもつグローバルな重要性を指摘する講演会、及びシンポジウムが続きます。

 11月7日は、台湾研究フォーラム(台湾研究論壇)の第128回定例会で、以下のテーマで講演させて頂きます。

 演題: 無制限戦争時代における台湾の地位 ― グローバル地政学から見た台湾独立
 日時: 11月7日 (土) 午後6時?8時
 場所: 文京区民センター2-A
      電話:03(3814)6731 
 住所: 東京都文京区本郷4-15-14 
     ※文京シビックのはす向かい 
     都営三田線・大江戸線「春日駅」徒歩1分
       東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩1分
       JR「水道橋駅」徒歩10分 

参加費: 会員500円、一般1,000円 
懇親会: 閉会後、会場付近にて。(会費3,500円、学生1,000円)
申込み: 11月6日までに下記へ。 
     E-mail:taiwan_kenkyu_forum@yahoo.co.jp 
     FAX: 03-3868-2101


 尚、この日のこの会場にて、最新刊『NHK捏造事件と無制限戦争の時代』先行発売会が行われます。

続いて、約1カ月後の12月には、CFG主催シンポジウム第2回目として、以下のテーマで、特別ゲストに台湾の現実を最もよく知る二人の専門家をお招きして、前回と同様、ジャーナリストの山村明義さんと私が司会進行役となり、以下のテーマで勉強会を開催します。

 演題: 『アジアの無制限戦争2.0 情報戦争最前線』 ― クリティカル・パス(Critical Path)としての台湾

 日時: 12月6日 午後1時頃から6時頃迄を予定。
 場所: 都内某所にて(決定次第、発表予定)

 共同主催者  : 山村明義氏 (ジャーナリスト)

メイン・ゲスト: 林建良氏  (『台湾の声』編集長・日本李登輝友の会常務理事・台湾団結連盟日本代表)
          永山英樹氏 (台湾研究フォーラム会長・日本李登輝友の会理事)

 台湾は単に、東アジアの運命を左右する重要な地位を占めているのみならず、恐らく今後、100年単位の世界の未来を決定する重要な地政学的な位置にあります。この事を台湾問題の最高の専門家である、林建良さんと永山英樹さんをメイン・ゲストにして、あらゆる視点から徹底的に時間の制約を離れて、講究してみたいと思います。
 台湾独立支持派のサプライズ・ゲストも予定しています。

 此方は、詳細が決まり次第、改めてお知らせ致します。


また、既に先日紹介した、現在発売中の激論ムック最新号『迷走日本の行方――内閣支持率70%?!死に至る日本の病と新政権(OAK MOOK 308 撃論ムック) 』も参照して頂きたい。
東アジア共同体については、私がP35から『米中共同接近と東アジア共同体という幻想』という論文を寄稿している。


※ これからも『厳喜に訊け!』放映日には、ブログでも連動し、フォローアップする内容をUPさせて頂く予定である。非常に限られた、約5分という時間の中で言いきれなかった事、より詳しい事等の解説をしていく試みである。今後も合わせてみて頂きたい。







経済討論会番組『経済討論第6弾!?どうなる!?世界経済と日本』

投稿日:2009,08,07


◆経済討論第6弾!?どうなる!?世界経済と日本

パネリスト:
 有澤沙徒志(日本金融通信社)
 石 平 (評論家)
 浜田和幸(国際政治経済学者)
 藤井厳喜(国際問題アナリスト)
 三橋貴明(経済評論家・作家)
 山本 伸(金融ジャーナリスト)
司会:水島総


1/4【討論!】経済討論第6弾!?どうなる!?世界経済と日本[桜 H21/8/7]




2/4【討論!】経済討論第6弾!?どうなる!?世界経済と日本[桜 H21/8/7]




3/4【討論!】経済討論第6弾!?どうなる!?世界経済と日本[桜 H21/8/7]




4/4【討論!】経済討論第6弾!?どうなる!?世界経済と日本[桜 H21/8/7]



これらは3時間の討論番組の1時間目をYouTube形式で公開されたものです。

この映像の続き(2時間目、3時間目)は、So-TV (月額 3,150円 [税込] http://www.so-tv.jp/main/top.do )にて公開されておりますので、是非、此方でご覧下さい。

詳しくは此方のページをご覧ください。(http://www.ch-sakura.jp/580.html)






皆既日食解散?

投稿日:2009,07,22

 国会解散の翌日に皆既日食が起きた。
前近代社会では、日食は人心に大きな不安や動揺をもたらし、社会の大変動の前兆になる事があった。

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天体現象である日食自体に、地上の人間世界を揺り動かす力があるかどうかは分からないが、人々が日食を何らかの大社会変化の前兆と考える限り、実際に日食の直後に社会体制の大きな変化が起きてくる事はあり得るわけである。

 日本の古天文学に詳しい人から聞いた話だが、今回の皆既日食は、推古天皇の時代(推古37年)に起きた日食以来の、大きな社会的影響力をもつ皆既日食だそうである。

 皆既日食が起きる前日に、麻生首相は国会を解散したのであり、今回の解散には色々な俗称が生まれてきそうだが、私はこれを「皆既日食解散」と読んだら面白いのではないか?と思っている。
 単に、自民党が下野し、民主党を中心とする連立政権が生まれる可能性があるだけではない。
私は神秘思想を奉ずるものではないが、1000年単位の大きな文明の転換期に人類は遭遇しているようであり、日本の社会も政治もこれに従って大きく構造転換をしていくのではないか、と最近直感的に思っている。

 皆既日食をめぐるお祭り騒ぎを見ていると、これが単なるメディアの仕掛けたイベントだけではない事が感じられる。
人々の心の中の奥深い部分が、何かこの皆既日食の後に大きな変化が来る事を予知し、これを恐れつつも期待しているような感覚が伝わってくる。
これは、なんとも科学的には説明のしようのない事ではあるが、多くのまっとうな宗教家や霊的直感のある人々が感じている事ではなかろうか。

 推古天皇の時代には、それまで日本社会の基礎を形成していた縄文的な心性や古神道的なものが著しく衰退し、これがやがて大化の改新(645年)の大変化に繋がっていったようである。
大化の改新によって、仏教的律令国家が完成し、縄文的なものや古神道的なものは日本社会の表舞台から姿を消し、歴史の伏流水のような存在になってゆくようである。

 ちなみに、私の尊敬する岡清先生は、2010年に日本国の第二の国産みが完了する、との予言を残されている。
岡先生によれば、1000年単位の日本の歴史の大転換が2010年から誰の目にも見えるような形で起きてくる、という事だそうである。

 いずれにせよ、今回の皆既日食が、総選挙の結果を超えて、日本社会の大転換の前兆になるような気がしてならない。






是非、読んでもらいたい!『守るべき日本の国益―菅沼レポート』

投稿日:2009,06,18

守るべき日本の国益―菅沼レポート 』(青志社 1575円)




 菅沼光弘先生は、昭和11年生まれ、東大法学部卒業後、昭和34(1959)年公安調査庁に入庁し、対外情報活動部門を中心にソ連、北朝鮮、シナの情報収集に35年間あたり、対外情報の総責任者である調査第二部長を務め、平成6(1995)年に退官されている。

 菅沼先生は、私が最も尊敬する対外情報分野の専門家である。
冷戦時代は公安調査庁は日本のCIAとも呼ばれた組織である。
その対外関係部門の最高責任者を務められた先生は、まさに日本で最高のインテリジェンス(諜報活動)の専門家である。
また、日本が本格的な情報機関(プラス特務機関)を創るとすれば、その初代長官は菅沼先生をおいて他にはいないであろう、と、言われてきた。

意外なことだが、この本は菅沼先生の初めての単著である。

日本の安全と外交に興味のある人々に必ず読んで欲しい名著である


2009suganuma.sensei003.JPG

この本を読み始めるにあたっては、序章を読んだ後に、寧ろ終章(P248-P253 )を読み、その後に第一章から順番に読むと分かりやすいだろう。
この本は、3つの部分より成り立っていると思われる。

第1は菅沼先生の回顧録的な部分である。
第2は第二次大戦後の日本がおかれた外交状況と公安調査庁を中心とする日本のインテリジェンス・ヒストリーの部分である。
第3は、日本の現状と予測、さらにそこから生じる危機感の部分である。

終章のはじめに、はっきり著者自身が述べているように、この本のテーマは単純明快である。

「なぜ私が封印を解いて、この拙い単著を発刊しようと決意したか。それは、国を守るためには、愛国心が必要不可欠だということを、しっかりと読者のみなさんに伝えたかったからだ。
現在の日本は、極めて危機的な状況にある。この国難を乗り切るために、一人でも多くの人に、愛国心を持って望んでもらいたい。それが私の願いだ。」(P248)


本書の第1の部分、第2の部分については、ここで書評者である私が細々と紹介するよりは、読者に本文を直接読んでもらうことの方が適切であろう。
いくつもの興味深いエピソードに溢れた叙実であり、非常に読みやすい構成となっている。

私がここで紹介したいのは、第3の部分、すなわち日本の現状と近未来の予測であり、これに関しては菅沼先生は極めて悲観的であり、日本が没落の危機にあることを指摘されている
より正確に言えば、アメリカとシナを中心に反日包囲網が形成されつつあり、日本の将来は極めて暗いという認識を先生は持たれている。

現在、北朝鮮問題を処理する為のいわゆる6カ国協議は現在既に日本を封じ込める対日包囲網となりつつあり、アジアはアメリカとシナの2国を中心とする共同管理の下に置かれてゆくのではないか?
というのが先生の危機感である。


「核問題が解決しないまま、2008年にアメリカは北朝鮮を「テロ支援国家」の指定から解除し、経済支援の道を開いた。
中国はすでに2005年から北朝鮮に投資し、経済交流を発展させている。
(中略)
「しかも、六カ国協議を「北東アジアの平和と安定を守るための恒常的な多国間の機構としていこう」という機運が各国間で高まっている。
するとどうなるか。
すでに東西冷戦は終わり米中対決が解決すれば、アメリカは日本を軍事拠点にする必然性は何も無い。
つまり日米安保条約は解消し、六カ国協議で北東アジアの平和と安全を守っていこうということになる。日本の安全は名目上、アメリカの「核の傘」から、六カ国協議の枠組みの「核の傘」に依存することになる。」(P.49) 注:アンダーラインは書評者。


この数行に菅沼先生の現在の憂国の想いが最もよく表れているように思う。

露骨に言うならば、六カ国協議は、最早、北朝鮮の核武装を阻止する枠組みではなく、日本の核武装を阻止する枠組みと成り果てているのである。


本書は、2009年3月の発行だが、米オバマ政権が親中化し、かつてのクリントン政権時代を上回る米中緊密化が必ずおきてくるだろう、と断言している。

私も、この予測と憂慮を120%共有するものである。

そもそも、ソ連邦が崩壊し、アメリカが冷戦に勝利した後、外交戦略の中心は経済戦争の分野へと転進した。
日本人は、アメリカとの経済関係を単に「経済摩擦」としか捉えなかったが、アメリカ側はこれを経済戦争と捉え、日本経済をアメリカの意のままに操る戦略戦術をフルに発動してきた。

オバマ新政権の顔ぶれを見ると、アメリカが日米安保条約を事実上破棄し、第二次対日経済戦争を仕掛けてくる事が明白である、と菅沼先生は警告している。

日本が自らの文明と国益を維持発展させる為には何をしなければならないか?
まず日本人は、対アメリカ観を根本的に見直し、また、国際政治とは所詮、弱肉強食のジャングルの法則が支配するものであるという事実を直視しなければならないだろう。


多くの人がこの名著を読み、一人でも多くの国民が真の愛国心と危機感に目覚める事を期待したい。




現在発売中の週刊現代、ポール・クルーグマン・インタビュー批判

投稿日:2009,06,16

現在発売中の週刊現代(6月27日号)が、『独占 P・クルーグマン「景気回復の正しい読み方」』と題するインタビュー記事を掲載している。

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今更言う必要はないと思うが、クルーグマン氏は2008年のノーベル経済学賞受賞者であり、米プリンストン大学教授の著名なエコノミストである。



彼の論点を簡単に批判してみたい。

 昨今、日本に関するコメント等で何かと話題の多くなったクルーグマン氏である。
コンビニエンスストアで、表紙にかかれた「独占 P・クルーグマン」の特集という文字に目がとまり、開いてみた。

 中は、写真を入れてたった4ページの短い記事ではあるが、全体としての印象は、クルーグマンの言っている事も結構、いい加減である。


1、 クルーグマンによれば、実質的な国有化による米GM救済策に関しては、
「勝算は五分五分―。明らかにギャンブルだが、賭ける価値は十分にある」 そうだが、私はほぼ確実にGMの救済は失敗すると予測している。

 理由はいくつもある。しかし、最も重要な救済失敗となる理由はGMが時代の要請に沿った魅力ある車を今後とても製造できそうにも無いからである。
金融的に救済しても、市場の求める自動車が作れなければGM全体の救済は不可能である
発展途上国の自動車産業の追い上げもある。
日本の自動車産業ですら苦しい立場に置かれているのに、GMが全体として復活する事は殆ど不可能であろう。
現実的には恐らくGMの中で最も特徴のある(市場競争力のある)いくつかの部門だけが生き残る事になるだろう。


2、 クルーグマンもかなりいい加減だなぁーと思うのは、インタビューの中の次のような言葉である。


 一方で、「景気後退がこの夏に終わっても驚かない」(つまり、この夏を大底としてアメリカ景気は上昇する)と言っておきながら、他方では「失業率の上昇は今後も続くし少なくとも来年いっぱいは高止まりするだろう」
「そうなれば、GDPが多少は上向いたとしても経済低迷はなお数年は続く事になります」
とも答えている。
一体景気は回復するのか?不況が続くのか?クルーグマンの答えは全くハッキリしていない。

 分かれ道に立って、「右に行くかもしれないし左に行くかもしれない」と言っているに等しい。
ただし、インタビューの行間を読めば、アメリカ景気の先行きにはどちらかと言えば悲観的なようだ。
はっきりモノが言えないというのは要は自分の予測に確信が持てないからだろう。


3、 クルーグマンの意見に賛成する部分もある。

2002年から2007年にかけて日本が景気回復している時に日本は外需依存の体質を改めて内需主導的な成長のパターンに経済を構造変革すべきであった、との主張に関しては私は全く同意する。
かねてから私自身が主張していた点でもある。
近著、『ドンと来い!大恐慌』でも、そのような主張を展開している。

 ただし、現状の日本経済の停滞への対策としてインフレ・ターゲット論を主張するだけでは全くポイントがずれている。
内需拡大を伴わないインフレ政策は、スタグフレーション(物価上昇と景気後退の同時進行)をもたらすだけである。
政財官・協力しての内需喚起策(ケインズ主義的政策と言っても良い)を断行しない限り日本経済は現在の停滞を脱する事はできない。

 真の内需主導型の景気回復が起きて来たときに初めてその結果として適度なインフレが起きてくるのである。

歴史上、インフレを人工的に制御して起こし、それをコントロール出来た試しは無い。
経済成長の結果としてインフレが起きてくると言うのが最も正常な状態であり単に通貨供給量を増やすだけでは景気は良くならない。
クルーグマンは、日銀が通貨供給量さえ増やせば適度なインフレがおき景気が良くなると考えているようだが、この考えはハッキリ言って間違っている。
いくら通貨供給量を増やして金を借りやすくしたところで、需要の拡大が無ければ経済は成長しない。




4、 クルーグマンは麻生政権が行った定額給付金政策をこっ酷く批判している。
 それが景気刺激策にはならないという理由からである。
一方で、今後予想される日本の消費税率アップには、ハッキリと反対している。

「消費税率アップをこれほど景気が悪い上体で実施するのは馬鹿げている」
「今は断じて、消費税を引き上げるべき時ではありません」
と、断言している。

 これはこれで最もな発言のように聞こえる。
しかし、よく考えれば彼の発言は矛盾している。
定額給付金は考えようによっては「戻し税」であり、一時的であるにせよ、消費税の低下とも考えられるわけである。
「消費税のアップ」に反対するクルーグマンの考え方からすれば、消費税の引き下げは明らかに景気にはプラスになるはずである。
二つの発言は論理的には矛盾しているように思われる。





5、 短いインタビューであるので、クルーグマンが世界経済を全体として今現在どのように捉えているかは(この記事では)不明である。

しかし、このインタビューが見落としているのは、現在の世界経済の最も基本的な構造上の矛盾である。
それは、一言で言えば「経済上の南北問題」である。

低開発国の産業が発展し、低開発諸国の国民の生活は相対的に良くなっているが、一方、これらの低開発国に追い上げられている成熟産業を持った先進国の経済は衰退し、先進国の勤労者の生活水準は相対的に引き下げられつつある。
世界経済全体とすれば、非常にマクロ的に言えば、賃金の平準化が起きているのであり、これがグローバルなマーケット(市場原理主義)のもたらした必然的な一つの結果である。

トーマス・フリードマン『フラット化する世界(上) 』の『フラット化』とはまさに南北間の経済の平準化を言っているのである。



フリードマンは「フラット化」というが、この言葉は極めてミスリーディングである。
何故なら南北間がフラット化する一方で、世界全体としてみれば、経済構造は著しく垂直化しているからである。
つまりそこには、グローバルな経済階級社会が形成されつつあるのである。
「フラット化」ではなく「垂直化=ヴァーティカル(Vertical)」な社会である。

クルーグマンがこの事を明確に認識しているのかいないのかは、この短いインタビューからは分からない。
しかし、この世界経済の水平化と垂直化の2つのトレンドを同時に見ておかなければ、世界経済の全体像は見えないし、各国政府が取るべき正しい経済政策も提言できないであろう。

 


 
6、 クルーグマンの警告の中で我々が真摯に受け止めなければならないものもある。

それは、金融危機以来、アメリカ人のメンタリティが変化し、借金してでもモノを買う体質が変質し、貯蓄に励むようになったという指摘である。
これがもしそのとおりならば、日本の対米輸出は今後長期的に大きな打撃を受ける事になる。
例えアメリカで景気が回復したとしても、かつてのようには日本製品が売れないという自体が起こる事になる。

 その点からも日本は本格的な内需拡大策を取る事が重要であると私は思う。






米・オバマ政権は本当に原子力推進派なのか?

投稿日:2009,06,15



  米オバマ政権が環境政策を推進し、所謂グリーン・ニューディール的な経済政策の方向に進んでいる事は周知の事実だが、この中で私が注目してきたのは、オバマ政権が原子力発電を推進するかどうかの一点である。


 オバマは大統領候補としては原発推進なのかどうかを曖昧にしてきた。
私は、最終的にはオバマは原発推進派になるのではないか?と予測してきたが、この予測が危ういものとなってきた。

 オバマ政権が計上しつつある新予算では、核廃棄物の処理予算が増額されるどころか何と38%も削減されていると言うのである。
 原子力発電を増大させようと思えば、当然のことながら廃棄物予算も増額しなければいけないはずであり、アメリカのみならず日本の原発業界もこの予算措置に大きなショックを受けている。

 オバマ大統領の財政上の支持者であるウォーレン・バフェット氏は原発推進であり、私はそれ故にオバマもまた原発推進派に転じるものと思ってきたが、事態は微妙な事になってきた。

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 今のところ可能性は二つある。
第一はオバマが愚かな選択をし、所謂グリーン・エネルギーだけに頼って原発を推進しないと言う可能性である。この場合、アメリカの経済は更に弱体化することになるだろう。
基本的に石油派だった前ブッシュ政権ですら原発の必要性を認めていたのにオバマがこれを否定するとすれば本当に愚かな事である。

第二の可能性は原発業界で日本企業があまりに優位なため、これを叩く為に一時的に原発に背を向けているという可能性である。
新規原発を造らず、日本の主要原発3社(日立・東芝・三菱重工)を徹底的にたたき、これを後でアメリカ企業に安くM&Aさせるという手法も考えられる。

あるいは、第3の方策としては、従来型の原発を廃止し、トリウム原子炉という新型の原子炉を全面的に採用するという奇策も考えられる。


ケンブリッジ・フォーキャスト・レポートでは、このトリウム原子炉の可能性について、専門家の方に3回にわたって連載をしてもらってきた。
その概要については明日以降のブログで紹介したい。






CO2排出規制が生む日本の産業空洞化

投稿日:2009,06,13

 現在、ポスト京都議定書のPOP15という事で温暖化ガスの排出規制に関する議論が盛んである。
この間からこの問題は様々な観点からブログでも取り上げてきたが、もう一度、確認しておきたい事が一つある。
それは、厳しいCO2排出規制を日本で行えば、日本の産業空洞化が今後、恐ろしい速度で起きてくるであろうということである。
基本的に低開発国におけるCO2排出規制の方が、緩やかであるから、厳しい排出規制に耐えられなくなった日本企業は、低開発国に脱出してゆかざるを得なくなる。
その事が日本における議論で大きく見逃されている事は国策上、まことに残念である。

 また、企業が日本に残るにしても、CO2排出枠を確保する為に、低開発国においてCO2削減の努力をしなければならなくなる。
これが低開発国において結局、ただの発電所を建設をしたり、様々なCO2削減技術をただで提供するということを意味する。
すなわち日本から低開発国への巨額の富の流出が起きるわけである。

もし、市場で排出権を購入しても、それ自体が多くの場合、日本から低開発国への富の流出となる。
加えて、人材も技術も情報も海外に流出し、日本産業の競争力は著しく損なわれるであろう。

CO2排出権取引が始まったのは、アメリカのシカゴの先物市場である。
シカゴ出身のオバマ大統領が排出ガス規制に熱心なのはこの事実と無縁ではないように思われる。




国際政治経済においては、全てが国益を巡る謀略戦である
環境保護などの美辞麗句により、この実体を見ないと、日本の国益が大きく大きく損なわれる事になる。

1980年代以来、日本は一つの大きな金融上の謀略を仕掛けられてきた。
それはBIS(国際決済機構)による銀行の自己資本比率8%の規制である。
これによって、日本の銀行の競争力は著しく傷つき、自縄自縛の危機に陥った。
それが、バブル崩壊から日本経済が立ち上がれなかった大きな理由の一つである。

銀行の自己資本が、8%無ければならない必然的な理由は何も無かったのである。
今回のCO2排出規制も、BISの自己資本8%規制と全く同じ事のように、あるいはそれ以上に日本の産業全体を消耗させる国際的な日本攻撃のように思われる。

BIS規制は日本の金融業を直撃したが、CO2排出規制は日本経済の中核をなす製造業そのものを破壊しようとしている。
CO2排出規制の故に、日本の製造業の低開発国への進出が加速すれば、それは今以上に大きな人間的悲劇も生む事になるだろう
海外に赴任する人間の家庭の崩壊や、それに派生して起きる様々な問題(日本の社会のモラルの低下、文化的摩擦…等々)も無視する事はできない。

政治家や外交官は、この冷厳な事実を直視しなければならない。




『未来学の基礎と検証』シリーズ第1回 - 4 (/4) 藤井論文、20年前の論文を読む

投稿日:2009,05,26

 いよいよ、この連載の最終回である。

※ 1(/4) 「自由経済化の奔流」「なぜ共産主義は破綻したか」 
  2 (/4) 「裏切られた必然」  
  3 (/4)  「低開発国のディレンマ」


この論文全体を、貫いているモチーフは、資本主義経済が構造的に世界レベルで変質しているという事である。
しかも、その構造変化の中軸が南北関係にあるということでもある。

 私はこの3月に『ドンと来い!大恐慌 』という本を出版したが、この本も世界的な資本主義の構造変化という基本的視点から現在の金融恐慌の有り様を説明したものである。
 私が、常々不満に思っているのは、このような真にマクロな視点からの経済や国際関係の構造分析が甚だ少ないという点である。
今、巷には、「大恐慌」を冠したタイトルの本が溢れているが、それらの本の殆どは、純粋な現象の説明に終始していて、その背後にある経済の構造変化に目を向けていない。

 まして、一国ではなく、国際的な資本主義の構造変化ということについて論じている論文や書籍は稀有である。

 この論文の中では、今回紹介する最後の部分において、将来の展望が明示されている。
それが、現時点から見てどの程度あたっているか、またどのように、またどの程度、修正されなければならないか、についてはこの論文の後で解説したい。


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 ※ 以下は、10ページの論文記事を4回に分けてお届けするシリーズの第4回分(最終回)である。

          (中央公論1989年9月号掲載論文 『共産主義「終焉」の後に 』 より)
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【 5.新たな世界経営に向けて 】


 従来の状況では、低開発国が共産化した場合、2つの行き方があった。
1つはソ連を中心にしたコメコンの分業体制に組み入れられる道、もう1つは、完全に自力更生路線を歩む道である。
キューバやベトナムは前者を選んだし、カンボジアやアルバニアは後者を選んだ。
低開発経済とは、単に経済発展が遅れている状態ではなく、先進国への従属構造に組み込まれた低開発状態である。

 こういった状況下で、先進資本主義国との関係を完全に断絶して経済発展を目指すには、信じ難いほどの困難を伴う。
たとえコメコン体制に入っても、ソ連の自己中心的な分業体制の中で煮え湯を飲まされることになる。

 国の人口の3分の1が虐殺されたと言われるカンボジアの悲劇は、このような無理を強権によって断行しようとしたことから生じた。
エチオピアの飢餓も、半分は異常気象のゆえではあるが、半分は西側と断行し、無理矢理、共産主義化しようとしたエチオピア政府の責任である。
近年ようやく鎖国の扉をあけ始めたアルバニアの経済は、ほとんど中世的と言ってよいほどに停滞している。

 一方、韓国、台湾、シンガポール、香港などNIESと言われる国々を中心に、資本主義圏の低開発国の中から、本格的に経済的離陸をする国が現れ始めた。
最近では、タイ、インドネシア、マレーシア等の発展も注目されている。

 低開発国が、自由主義経済圏に留まりながらも、自立的に近代化してゆく現実の可能性が拡大してきた。これに関しては、政治的理由と経済的理由の2つを考える事ができる。
 いずれも先進資本主義諸国の第三世界への対応が、根本的に変化したことに起因した客観情勢の変容である。

 第1は、アメリカが反共を唱える第三世界の独裁政権、しかも真の民族主義的基盤のないそれを支持して、民族主義勢力を共産化してしまう失敗を犯さなくなったことである。
アメリカも他の西側先進国も、反共ですべてを黒く塗りつぶしてしまうことの失敗に気付いた。
これにはキューバ革命やベトナム戦争の教訓が大いに生かされている。
これらの失敗からアメリカは高価な教訓を学んだとも言える。

 レーガン政権は戦後の歴代アメリカ政権の中でも最も反共・タカ派的な政権としてスタートしたが、韓国、フィリピン、ラテン・アメリカ諸国(チリ、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ等)、カリブ海諸国の民主化運動を支持してきた
これら諸国の民主化は、近年のアメリカ外交の最も輝かしい成果の1つである。
現ブッシュ政権もこの路線をさらに強力に推し進めている。
ニカラグアではキューバに似たボタンのかけ違いがあったが、これもソ連の軌道修正とともに、修復されるはずである。

 第2のより重要な経済上の変化は、先進資本主義国、特にその中枢的存在であるアメリカの多国籍企業エスタブリッシュメントが、中国、ソ連・東欧圏はもとより、第三世界の経済開発・近代化の方向に大きく乗り出してきたことである。
即ち、共産圏をも含む世界の低開発状態にある国々の開発をはかることにより、世界経済の新しい発展パターンを創造するという方向に、アメリカのビック・ビジネスは方向転換しつつあるのである。
この事実を証明するには、この小論では十分ではないが、ともかくもアメリカ財界人の一部の用語を借りれば、“グローバル・ニューディール”、もしくは“南北間マーシャル・プラン”といわれるような構想が、アメリカ多国籍企業のグランド・ストラテジーとして定着し、コンセンサスを得つつある。
このような経済戦略が根底にあるがゆえに、第一のアメリカの対第三世界政治戦略の方向転換が可能になってきたのである。

 このようなアメリカ多国籍企業の戦略的方向転換を必然としたのは、世界的資本主義経済の成長パターンの行詰まりである。
先進資本主義国(日米欧)の世界人口に占める比率はわずか15%、この15%の人口の消費のみによって世界経済の成長を支えることは、ますます難しくなってきた。
有効な投資機会の減少は、先進国経済の金余り、そして投機化を不可避の結果として招来した。

その破局が87年10月の世界的株価大暴落(ブラック・マンデー)であった。

 また先進国における有効な投資機会の減少は、第一次石油ショック後還流してきたペトロダラーの投資先を、潜在的成長力はあるが、きわめて危険性の高いラテン・アメリカを中心とする第三世界に求めさせる結果となった。
この結末が88年末現在1兆3000億ドルを上回っている第三世界の累積債務問題である。
いずれも、先進国の消費主導型の成長パターンの行詰りから生じた破局といってよい。

 一見好調そうに見える世界経済も、このような病弊に悩んでいる。
この行詰りから脱する本道は、世界人口の85%を占める共産国と第三世界の消費水準の向上と経済開発を図ることである。
アメリカの多国籍企業エスタブリッシュメントの戦略的方向転換の背後には、このような現実認識があると言ってよい。
このグローバル・ニューディール戦略を推進する為に誕生したのが、ブッシュ政権とも言えるわけである。

 85年のベーカー構想、89年3月のブレイディ構想と、アメリカは相次いで累積債務対策に、より柔軟かつ妥協的な解決案を提案してきた。
89年7月にはブレイディ構想適用第一例であるメキシコに対して、債務を35%縮小(棒引き)することに先進国が合意している。
このような大胆な妥協も、また同様の債務解決案をポーランドのような共産圏にも適用してゆこうという提案も、アメリカの第三世界・共産圏開発戦略、即ち世界の低開発地域に最終市場を創造してゆこうという意図と整合的なものである。

 このような資本主義の地球的な変貌には多大な困難が伴うし、事実現在、多大の困難を伴ってこの構造変化は進行中である。
それは低開発国がもはや共産主義という苦難に満ちた選択をせずに、資本主義経済圏内で自立し経済発展し得る環境が出来つつあるということでもある。
このような展望を楽観的過ぎると批判する人々は、19世紀以来、資本主義と自由社会が見せてきた恐るべき構造変化への柔軟性を忘れていると言わざるを得ない。
かつて古典的マルクス主義者によって解決不可能と思われた、先進資本主義国内の階級対立が、社会福祉対策の導入と修正資本主義路線の確立によってみごとに解決したように、現在の南北問題という一種の国際的階級対立も、資本主義の世界的構造変化によって解消されつつある。

 中国、ソ連、東欧のような既存の共産主義国は踵を接して自由主義化しつつある。
第三世界の国々がもはや共産主義を選択すべき必然性は解消しつつある。
共産主義は完全に終焉しつつある。

 東西対立を越えた新しい時代の地平線が開けつつある。
新たな自由経済の地球的発展の時代が到来しつつある。
この時代を支える新しい理念は、民族自立の確立、南北共生的経済発展、地球環境の整備の3つであろう。
この三大理念は、また人類の直面する三大課題でもある。
共産主義の終焉とは、共産主義が解決することのできなかったこれらの三大課題を、自由主義社会が担ってゆかねばならないということでもある。

 自由主義社会の一員でもある日本の、そして我々の責務はまことに重大である。


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※ 今回が第4回連載の最終章になります。  
  この企画の紹介論文は、4回に分けてご紹介させて頂きました。
※ 1(/4) 「自由経済化の奔流」「なぜ共産主義は破綻したか」 
  2 (/4) 「裏切られた必然」  
  3 (/4)  「低開発国のディレンマ」

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【 第4回掲載分の 補足的解説 】

 この論文の最後の部分を私は決して楽観的な気分で書いたわけではない。
しかし、今から読み返してみると、やはり当時の私は現在よりは楽観的だったようである。
20年前には予測できなかったのは、以下のようなポイントである。

1、 今日のシナのように経済は資本主義化しているが、政治においては近代化・民主化していない国が登場してきたことである。

 この論文においては、低開発国が資本主義化してくれば、それに付随して政治構造も近代化してくるという前提に立っていた。
しかし、そのようではない国が現実に生まれてきたのである。


2、 それと関係していることであるが、イスラム原理主義のような、世界の資本主義経済への統合そのものを拒否し、かつ思想的にも近代化そのものを否定するような政治勢力が生まれてきたことである。
イスラム原理主義の問題は、必ずしも民族主義の問題ではなく、イスラム教という普遍宗教にかかわる問題である。
しかし、そのかなりの部分は、アラブ民族に特有な民族問題とも捉えることができる。
 これも当時は予見できなかった問題である。

3、 環境問題が、より大きな課題となることはこの論文が的確に予測していた。
 しかし、CO2排出権取引に代表されるような、「エセ環境問題」がこれほど大きく取り上げられるとは予想していなかった。
低開発国の経済開発の問題は、必然的に環境問題を内包することになる。
その点で、南北問題の解決と環境問題は不可分に結びついている。
しかし、賢明な読者の多くはご存知だと思うが、CO2排出権取引はCO2の排出そのものを減少させる仕組みではない。
いたずらに排出権の金融商品化を促進し、そのバブル化さえ引き起こしかねない。
 そのような点において、我々は歪んだ環境問題の取り上げられ方に十二分に注意していかなければならないだろう。


4、 第三世界が今日のように、先進国の勤労者一般に大きな脅威になるとは、20年前の私は予想していなかった。
 この点もあまりに楽観的だと批判されても仕方がないだろう。

 つまり、第三世界の近代化の経済発展につれて、先進国の勤労者一般の賃金が引き下げられ、失業すら生むに至っている。
20年前の私は先進国経済はより高度な製造業やサービス産業に特化してゆくことによって、南北関係はスムーズにそして相互補完的に進展してゆくものと考えていた。
しかし、今日の現状を見ると、南北間には明らかにゼロサムゲーム的な関係も存在する


   以上が私の反省点である。
これらの反省点は、最近の私の書物には全て反映されている。

 またこの論文では、その長さに制限(字数制限)があることから、こういった構造変化の中で、日本がどのような国家戦略をとっていくべきか?については、まったく触れていない。

日本の国防戦略、また経済戦略については今後、この大きな未来予測の中で論じていきたい。

『未来学の基礎と検証』シリーズ第1回 - 3 (/4) 藤井論文、20年前の論文を読む

投稿日:2009,05,08

このブログ内での「連載シリーズ」として試みる事にした、『未来学の基礎と検証』シリーズ第1回の中の 『藤井論文、20年前の論文を読む 3 (/4)』、3回目として、本日は引き続き、「低開発国のディレンマ」をお届けしようと思う。

※ 1(/4) 「自由経済化の奔流」「なぜ共産主義は破綻したか」 
  2 (/4) 「裏切られた必然」  

共産主義の脅威という場合、二つに分けて考える事ができる、というのが筆者の立場である。

まず第一に先進国においては、修正資本主義の考えは広まるにつれ、共産主義の脅威というのは非常に小さくなっていった。
これが前回の論点であった。

第二次大戦後の冷戦のプロセスにおいて実は共産主義の脅威とは主に貧しい低開発国において共産主義が拡まってゆくという脅威であった。
アメリカのタカ派を始めとする先進国の多くの人は、この低開発国に拡がる共産主義というものの中味を全く誤解していた
世界の貧困地帯における共産主義の指導者は、共産主義イデオロギーによって洗脳されたインテリのグループではなく、祖国を貧困と搾取から救おうとする民族主義者であった
王政や伝統的な貴族階級の存在しない社会においては、民族主義者は容易に左翼化し共産主義を受け入れるものである。

彼らが直面していたのは、16世紀以来の西洋の白人による凄まじい植民地主義による搾取であった。
低開発国は単に貧しいのではなく、先進国に搾取されているがゆえに、その経済構造を徹底的に破壊され、貧困に追いやられているのであった。
先進国では資本家=搾取階級、労働者=被搾取階級という図式は概ね非現実的なものとなった。

しかし世界の経済構造の中においては、先進国=搾取国家、低開発国=被搾取国家という図式はナンセンスなイデオロギーではなく、まさに現実そのものだったのである。

第三世界のリーダーにとっての現実とは、先進国の多国籍企業によって労働と自然資源は安く買い叩かれ、かつて存在した伝統的農村共同体は外国資本によって買い叩かれ、庶民は貧困の極致を彷徨うというようなものであった。
男の兄弟は、麻薬を売り、妹は売春をし、家庭は崩壊している。
そのような現実はあまりにありふれていた。

そのような現実を救おうとする時に、マルクス主義理論は確かに1つの力となった。
南北間の経済搾取構造を否定しなければ、低開発国は永久に自立を達成する事はできない。
南北問題とは、北=先進国、南=低開発国の間に存在する階級的搾取構造の問題である

そのような経済構造を前提とする限り、低開発国の多くにとって、共産主義が自立の為の1つの選択肢であったのは事実であった
先進国との交易関係を否定すれば、経済発展の元となる資本や技術を導入する事は極めて難しくなる。
それ故に、毛沢東やカストロやホー・チミンが目指したのは、豊かになる事ではなく、自立し、国を閉じ、貧困を平等に分かち合う事であった。
貧困ではあっても、そこには、民族の自立と国民の平等が有り得たのである。

以上のように理解する時、低開発国にとって、共産主義が何を意味していたのかが極めてよく理解できる。
低開発国の共産主義のリーダー達にとって、豊かさよりも自立のプライドこそ最も重要なものであった。


以上のような視点から、今回の連載第3回目の論文を読解して頂きたいと思う。   

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 ※ 以下は、10ページの論文記事を4回に分けてお届けするシリーズの第3回分である。

          (中央公論1989年9月号掲載論文 『共産主義「終焉」の後に 』 より)
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【 4.低開発国のディレンマ 】


  共産主義を第二次大戦後の国際政治において論ずる場合、低開発国への共産主義の拡大が重要なテーマになってきた。
ロシア革命時のロシア自体が、ヨーロッパの中ではきわめて工業化の遅れた後進国であった。
中国もまた圧倒的な農民・農業国であり、この農民の心を掴むことによって、毛沢東は中国革命に成功した。
経済先進国において共産主義のアピールが早くから激減した事実はすでに述べたが、第二次大戦後に共産化した国は、低開発国に共産主義が蔓延し、先進国が共産主義化した低開発国によって包囲されてしまうのではないか―という恐怖感が存在してきた。
一時喧伝されたドミノ理論とは、1つの低開発国に共産化を許せば、これがゲリラ戦略によって周囲の国に伝染病のように広がり、周辺の国が次から次へ共産化してゆく ―という西側先進国の、特にアメリカの憂慮をほとんど戯画的な形でモデル化したものである。

 ではそもそも、低開発国にとって共産主義とは一体なんだったのだろうか

 外国からの援助を受けたかも知れないが、主に内発的理由から共産主義を採用した国々にとって、共産主義とはまず第一に、先進国の搾取なき経済であり、第二に民族の完全独立であり、第三に平等に貧困を分かち合う状態であった。
ソ連・中国をも含め、共産主義が現実に約束し、達成したことはこの三つであったと言える。

 民族の自立・自治を先進国の帝国主義政策に抗して勝ち取ること。
そして名目的な政治的独立ばかりでなく、経済的にも新植民地的搾取状態から脱して、独自の経済建設を進めること。
これが、カストロが、ホー・チミンが、毛沢東が掲げた目標であった。

 たとえ政治的・名目的に独立を勝ち得ても、現代の世界では南北間の経済構造のゆえに、先進国(北)は低開発国(南)に対して有利な形で交易を進め得る。
低開発国側は、農作物・自然資源等の一次産品を安価に提供するか、低賃金労働を先進国からの進出企業に売るしかない状況に追い込まれる。
こういった悲惨な状況から脱却しようとすれば、自ずと資本主義経済の国際的ネットワークから完全に離脱して自国の経済建設を考えてゆかざるを得ない。
かつては、政治的な完全独立さえ許されなかった。
やがて政治的には独立できても、経済的には従属構造に組み入れられることになった。
このような厳しい外部条件が存在したのである。
ここに、共産主義が1つの現実的選択肢として現れてきたのである。

 ヨーロッパ滞在時代のホー・チミンは、社会民主主義系統の第二インターと、より過激な第三インターのどちらに参加しようかと迷ったが、第三インターを選んでいる。
当時のホー・チミンにとって第二インターと第三インターの間の路線上の相違は理解も出来ないし興味もなかった。
彼が第三インターを選んだ理由は唯1つ、第三インターの方がベトナムのフランスからの独立をより明確に支持していたからである。

 カストロがキューバ革命を遂行中の時、彼は共産主義者だったわけではない。
カストロが目標にしていたのは、欧米、特にアメリカの植民地状況にある悲惨な祖国を救済し、そこに住む人々の暮らしを少しでもまともなものにすることであった。
そのために、彼はすべての合法的闘争手段の尽きた後、ゲリラ戦争という実力によって、腐敗の極致にあった、時のバチスタ政権を打倒したのである。
カストロは初めから反米であったわけでも、親ソ的共産主義者であったわけでもない。
キューバを反米・親ソの共産国に追いやったのは、主にアメリカの対応が誤まっていたためである。

アイゼンハワーからケネディーに替わった当時のアメリカは、キューバの国情に関する無知から、旧バチスタ政権の流れに属するような人々を支援し反革命を後押しした。
これがカストロの離反を決定的にし、キューバ・ミサイル危機は米ソ冷戦構造の中に、がっちりとキューバを組み込んでしまった。

 しかしそのキューバも、ソ連共産主義経済が破綻し、構造的デタントの流れが決定的となる中で、西側への経済開放に徐々に動きつつある。
ベトナムも、外資導入・開放政策・自由化の方向に大きく方向転換してきた。

 共産主義化した低開発国は確かに“平等に貧しい”状態には成り得た
しかしそこから先に進む事はできなかった。
しかし、80年代から90年代への新しい世界の状況は、共産主義化しなくても、政治的に自立し、資本主義経済圏にとどまったまま経済近代化を可能にするような客観情勢を作り出しているのである。
それゆえに、すでに共産化した国々も自由経済化・開放政策に向かい、共産化していない国々にとっては、共産主義的近代化の道はおよそ魅力の無い、ナンセンスなものになってきたのである。
民族主義者にとって共産主義は所詮借り物であった
今や共産主義という、お仕着せの貸衣装を脱ぐべき時が来たのである。

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※ 次回は、第4回連載の最終章、 【第5章、新たな世界経営に向けて】 に続く。 
  この企画の紹介論文は、4回に分けてご紹介させて頂きます。
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【 第3回掲載分の 補足的解説 】

 この論文を書いてから4年か5年程後だったと記憶しているが、キューバを訪れる機会があった。
残念ながらカストロ首相に会う事は出来なかったが、第一副首相には会う事ができた。

 会見は少人数で一時間ほどであった。
私は前日、徹夜で書いたスペイン語のカストロ宛の手紙を持っていった
第一副首相にその手紙を渡し、カストロに必ず直接手渡してくれと頼んだ。
彼は、快く引き受けてくれた。

カストロが私の手紙を読んでくれたかは分からない。
その後、何の返事も彼からはもらっていない。
しかし、私の手紙はそもそもカストロから答えが来るような類の手紙ではなかった。

 私がその手紙で書いたのは、こういうことだ。

カストロは偉大な指導者であり、愛国者である事は確かである。
彼は、奴隷的な立場にあったキューバ国民を解放し、彼らに独立と自尊心を与えた。
カストロにとって共産主義はあくまで、自立を達成する為の方法であり、手段であったに過ぎない。

今、キューバ国民は誇り高く、自立した国民になった。
しかし、豊かになる事は出来ないでいる。
まして、ソ連邦が崩壊し、ソ連からの経済援助は無くなってしまった。
人々は、基本的な物資の欠乏に悩んでいる。

私はカストロに、今こそ、頑なな共産主義をやめ、市場経済を導入し、西側諸国とも大いに経済交流を始めるべきだと提案した。
政治的に完全な独立国家となった以上、以前のバチスタ政権下のような外国資本による搾取は最早不可能である。
共産主義は独立・自立の手段に過ぎなかったのだから、時代の変化に従って、その手段が無効になれば、それを投げ捨てて他のより有効な手段を採用すればよいではないか?

以上のような趣旨の手紙であった。


それ以降のキューバーの行き方を見ていると、ある程度の私有財産と市場経済の導入を行っており、私の手紙もまんざら無駄ではなかったのかもしれない、と思いたくなる。


又、ここでカストロとゲバラに関する非常に面白いエピソードを2つ紹介しておきたい。

カストロは昭和天皇が崩御された時、その死を悼み、キューバ国は一週間にわたって半旗を掲げた。 
この一週間というのは諸外国の中でも異例の長さであった。
そしてカストロは、おそらく何年かぶりに日本大使館を訪れ、駐キューバ日本大使と深夜まで昭和天皇の死を追悼し、懇談したのである。

カストロが英米と闘った昭和天皇を如何に尊敬していたかが、この一事をもってしてもよく分かる。

日本の左翼がおろかなのは、このようなカストロの「心情」を全く理解できない事である。
要は、民族の独立と民生の充実こそが政治の真の目的なのであり、共産主義イデオロギーなどは、二次的三次的な手段に過ぎないのである。

革命の大臣となったゲバラが日本訪問をした。
この折、彼は約2週間にわたって日本に滞在し、主に各種の工場を見学して回った
キューバの経済発展のためには、工業化がどうしても必要であり、その為には日本に大いに学ぶべきところがあると考えていたからである。
アメリカに敗戦したにもかかわらず、世界一流の工業力を発展させつつある日本にゲバラは大いなる感銘を受けたようであった。
このゲバラの「心情」も日本の左翼のおそらく全く理解できないところであろう。


最近、ゲバラの映画が日本で公開された。
ゲバラが直面していた現実とは、まさに論文の前の解説で述べたような南北問題の圧倒的な現実であった。
gebara.jpg
貧困と搾取は、本の中にではなく、現実の路上に溢れていた。
そのような視点からゲバラの映画も観なければならないと思う。

ゲバラ映画についての感想と批評はまた別の機会に譲りたい。

『未来学の基礎と検証』シリーズ第1回 - 2 (/4) 藤井論文、20年前の論文を読む

投稿日:2009,05,03

予告どおり、前回からこのブログ内での「連載シリーズ」として試みる事にした、『未来学の基礎と検証』シリーズ第1回の中の 『藤井論文、20年前の論文を読む 2 (/4)』として、本日は続き部分、
「裏切られた必然」をお届けしたいと思う。

論文の第2回、収録部分については
古典的マルクス主義者の資本主義社会に関する予測が如何に外れてきたか、を歴史的に概観している。

古典的マルクス主義者によれば、資本主義というのは、何よりも資本が自己増殖してゆくプロセスである。
それは資本が労働者を搾取し、窮乏化させてゆくシステムでもある。
それ故に、資本主義社会では、本来の消費者たる労働者の購買力がドンドン減少してゆき、資本主義社会全体として過剰生産になり、すなわちモノが売れないで大不況となり、資本主義は滅んでゆくという運命にある。

現実には、19世紀中葉にマルクスがイギリスにおいて観察したところの資本主義は、暫時、変化、進化を遂げ、まさに古典的マルクス主義者の予測を裏切るような形で発展してきた。
即ち、労働者の権利を認め、中産階級を拡大し、勤労者階級の購買力を伸長させ、過剰生産による大恐慌が来ないような仕組みを発展させていったのである。
つまり、修正資本主義が誕生し、労働運動、社会主義運動の要求を資本主義社会の枠内で徐々に実現していったのである。

それ故に、先進資本主義国においては、マルクス主義的革命理論は全く有効性を失ってしまった。
第二次世界大戦後、修正資本主義という考え方は、ほぼ全ての先進国に行き渡り、先進国内における、労働者の生活水準は目に見えて改善していった。
マルクス主義は、労働者階級から見向きもされなくなっていったのである。

以上が、第2回目の論文の趣旨である。


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 ※ 以下は、10ページの論文記事を4回に分けてお届けするシリーズの第2回分である。

          (中央公論1989年9月号掲載論文 『共産主義「終焉」の後に 』 より)
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【 3.裏切られた必然 】


  共産主義が終焉するに至った構造的理由は以上見てきた通りであるが、次に歴史的経緯として、共産主義というユートピア思想がいかにその魅力を失ってきたかを検討してみよう。
説明の都合上、先進国と低開発国に分けて、その過程を分析してみるのが好都合である。

 さて、経済先進国における共産主義とは一体何だったのか。

 古典的マルクス主義の主張によれば、共産主義革命の到来は歴史的必然であるとされる。
その理由は大旨以下のように説明される。

 資本主義社会とは本質的に資本が自己増殖してゆく過程である。
単純な経済モデルを考えてみよう。
資本は投資され利潤を生んで回収されなければならない。
この場合、利潤を生むのは労働者の労働である。
利潤は労働者を搾取することのみによって得られる。

 このような資本の投資と回収のサイクルが繰り返されるに従い、労働者の搾取は進み、労働者はますます窮乏化してゆく以上、最終的消費者たる労働者の購買力も絶対的に減少してゆかざるを得ないからである。
資本の利潤の側面から言えば、資本の投資・回収のサイクルが繰り返されるに従い、投下資本に対する純利潤率も低下してゆくことになる。

 ここにおいて、過剰生産と労働者の過少消費は最終的に恐慌となる。
そして労働者の絶対的窮乏化を伴った恐慌は、労働者の暴力革命を必然とし、資本主義は崩壊せざるを得ない。

 哲学論などはさておき、ごく単純化して言えば、これが古典的マルクス主義のエッセンスであり、これに権力奪取のための前衛党の戦略論を加えたものがマルクス・レーニン主義である。

 もちろん、マルクスが予言したこの崩壊への過程を未然に防ぐ方法は知られていた。
社会福祉政策の導入による労働者の生活水準・消費水準の上昇がそれである。
資本家側が譲歩して利潤を労働者側に配分する。
これを累進課税や社会福祉政策という政治的仕組みで行う。
こうすれば労働者の消費水準は上がり、過剰生産による恐慌は回避できる。
ところが古典的マルクス主義者たちは、このような回避策は非現実的だと批難した。
なぜなら、資本家とは労働者を搾取することこそが彼の存在の本質であり、いかに合理的な解決策でも、資本の側がそれを受け入れるはずは無いと考えたからである。

 しかし、歴史は古典的マルクス主義者たちの革命の必然の予測が全く誤まっていたことを実証して見せた。
彼らが有り得ないと予測した事態がまさに現実となったのである。
自由社会は、19世紀以来、労働運動・社会主義運動の要求を徐々に取り入れ、さまざまな社会福祉政策によって資本主義の修正を行なった。
修正資本主義の誕生である。
マルクスの予言は崩壊した。
自由経済は、彼の想像以上の恐るべき柔軟性を有していたのである。

 この自由経済の柔軟性は、確かに多くの人々の血と涙と汗の結果もたらされたものである。
だが結果として、自由主義社会における修正資本主義路線は、大恐慌後におけるアメリカでのニューディール政策の導入以来不動のものとなった。
社会民主主義政党が長期にわたり政権を担当した、イギリスや北欧諸国ではさらに高度な福祉国家さえ誕生するに至った。
こういった流れの中で、先進国における共産主義革命の必然性は全くの笑い話になった。
最低賃金・労働法・福祉政策・累進課税などは、大量の中産階級を出現させ、彼らの旺盛な消費自体が経済の拡大をもたらすようになったのである。

   大概の自由主義先進諸国には共産党が存在する。
特にフランス、イタリアにおいては共産党の存在は無視することが出来ない。
70年代には“ユーロコミュニズム”“白い共産党”の躍進が話題となったこともあった。
しかし、共産主義の本家ともいえるソ連が自己解体を始めている現在、誰も共産党が先進国経済に指導的役割を果たせるとは信じていない。
フランスやイタリアにおいて共産党が強大な存在になったのには、それなりの歴史的経緯があるのだが、もはや彼らの存在理由は、先進国を共産主義化することではなく、労働者・労働組合の既存利益の保護・拡充ということであろう。

 日本においても、日本共産党の得票率は国政選挙で毎回10%を上回っている。
しかし党員は別とすれば、共産党に投票している人々のうち、本当に日本における共産主義政権の成立を期待している人はごく少数である。
共産党に投票する動機といえば、「民商でお世話になっているから」といった実利的なものか、自民党長期政権の腐敗に対する批判のいずれかであろう。
日本においては、共産党のみならず新左翼を含めて、共産主義=マルクス・レーニン主義のアピールはきわめて小さいし、批判勢力として以外は存在意義が無い。
そして、その影響力も中ソの自由経済化の奔流の中で、薄れがちである。


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※ 次回、第3回連載 【第4章、低開発国のディレンマ】 に続く。 
  この企画の紹介論文は、4回に分けてご紹介させて頂きます。
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 第2回掲載分の 補足的解説 
 
1989年の時点では、以上の論文に何も付け加えることは無かった。
しかし、今日、また新たな局面が生じ、若干の補足が必要であると思う。
一度は、先進国において定着した修正資本主義の考えが、80年代全般から覆されてきたのである。
アメリカにおけるレーガン革命、イギリスにおけるサッチャー革命以来、特に、英米両国においては、新自由主義の名の下に19世紀的なレッセフェール政策が正しいとされ、修正資本主義的な考え方が否定されるようになっていった。

一時はこれが、英米両国を中心として、世界的に新しい経済成長のモデルを作り出したが、結局、この自由放任主義が行き過ぎて今日の世界大不況を引き起こす原因となってしまった。

いわば80年代から90年代硬直化した福祉国家体制が社会の漆黒になっていたことは確かであり、これを再整理する必要はあったのだが、このトレンドが行き過ぎて、修正資本主義が持っていたバランス感覚を喪失させてしまった。


現在、世界的な不況の底が益々深くなるに及んで、ややマルクス主義が復活してきている。
本屋に行くと、急速に出版トレンドにおいてマルクス主義の復活傾向がみられる。
今日の状況だけ見れば、レッセフェール的な資本主義が如何に弱肉強食的であり、社会全体に害悪をもたらせているかという言説は非常に俗耳に入りやすい。
しかし、実はレッセフェール的な資本主義に対する、マルクス主義の批判を消化し、乗り越えたところに、修正資本主義的な考えは成立していたのである。

マルクス主義に戻れというなら我々は、ソ連型社会主義に戻るしかないことになる。
それこそが、現実に地上に存在しえた唯一の社会主義国家であった。
政治的に自由な社会主義国家などというものは「空想的社会主義」そのものであって、現実には存在し得なかったのである。
現在マルクス主義の復活を主張する人々は、一歩進んで、ソ連型社会主義の復活をも主張するのであろうか?

我々は、レッセフェール的な資本主義か?マルクス主義的な社会主義かの二者択一の選択に直面しているわけではない。
少し歴史を振り返って見れば、国民経済を単位とした修正資本主義こそが、国民の大多数に幸福をもたらしていたことは誰にも分かることである。
それ故に、我々が、今目指すべきところは、レッセフェール的な資本主義の適度な規制と国民共同体経済を発展させるための修正資本主義の路線である。
そしてそれは、ケインズ主義的な経済政策を基本としたものとなるであろう。


それでは、何故?サッチャー主義やレーガン主義が一世を風靡したのであろうか?
理由はおよそ二つ考えられる。

第一は、修正資本主義における、社会主義的な部分が行き過ぎて、自由競争そのものが抑圧され、福祉政策が肥大し、国家官僚組織が巨大化し、個人の自由と自由な起業家活動が、抑圧されるに至ったからである。
それらの過剰な拘束からの解放を、サッチャーやレーガンは主張し、国民の多くから拍手喝采を持って向かい入れられたし、その政策がある程度、経済成長の活性化をもたらしたのもまた事実である。

第二に、共産主義の死滅により、資本主義社会がライバルを失い、道徳的緊張感を喪失してしまった事があげられる。
資本主義は共産主義というライバルが存在する間は、倫理的緊張感を保ち、拝金主義に陥ることに対して、無意識の内にも道徳的な規制が働いていた。
資本主義がイコール拝金主義であるならば、弱肉強食によって社会秩序が失われ、モラルは荒廃し、やがて資本主義そのものが崩壊して、共産主義に道を譲るであろうということは、容易に予測できた。
それ故に、共産主義の存在自体が、資本主義に倫理的緊張感を与えていたのである。

共産主義が崩壊し、ライバルを失った資本主義は、このような倫理的な緊張感をも喪失してしまい、拝金主義へと堕落することになった。
まことに皮肉な結果だったといえよう。

我々は今、そのような歴史的時点に立っているのである。

  

シリーズ『未来学の基礎と検証』第1回 - 1 (/4) 藤井論文、20年前の論文を読む

投稿日:2009,04,24

4月18日の産経新聞に、一つの面白い記事が出ていた。

世界移行期 Since1989』と題するシリーズの第5回目である。

記事は、今から20年前の4月に世界で何が起きていたかを回想する内容である。

特に私の興味をひいたのは1989年、
すなわち平成元年4月の時点では、多くの人々は、ソ連共産主義の崩壊を予測していなかった、という事実である。


記事は2つの興味深いエピソードに言及している。

1、ソ連のゴルバチョフ書記長(当時)外交による(平和攻勢)を強めていた。
 4月6日にロンドンで、マーガレット・サッチャー英首相と会談している。
 この記事を引用すれば
強大な軍事力を保持しつつ、軍縮に積極姿勢を見せる「東」の指導者に対し、西側指導者は、真意を図りかね当惑もしていた。

 ということで、サッチャー首相もゴルバチョフの軍縮提案の真の意義を把握していなかったのであろう。

2、 4月28日、CNNテレビの録画取りで時のチェイニー米国防長官(ブッシュ・ジュニア政権の副大統領)は、ゴルバチョフ改革が失敗し、西側に対し、敵対的な新指導者が出現する、との見通しを公にした。

辣腕のチェイニー氏といえども、ソ連が崩壊しつつある現実を正確に理解していなかった、ということであろう。


 このエピソードを読んで、急に、私自身が書いた昔の論文を思い出した。

 確か、1989年(平成元年)に中央公論に書いた論文だったと思って書庫を探ったところ、その論文を発見した。

タイトルは、『共産主義「終焉」の後に』 (中央公論1989年9月号)
8月に発売された9月号に書いた論文だから、おそらく、1989年7月頃には執筆した論文であると思う。

この論文は、「厳喜」というペンネームを用いる前の本名の「藤井昇」の名前で書いたものである。


 実はこの論文の中で、明確に、共産主義が終焉したことを宣言し、
その理由についても明確に解説し、その後の国際関係の課題についても見通しを発表している。

 20年前に書かれた論文として、現在検証してみても、実に先見性のある論文として評価できるものと思う。

 未来を予測するのは勿論難しいことだが、過去において私がどれだけ的確に未来を予測してきたかを、理解してもらえれば非常に嬉しい。
過去のこれだけの実績を元に、現在の私の未来予測が存在しているということを理解していただきたい。

 20年前といえば、このブログの読者の中には、まだほんの子供だった人もいるはずである。
その人達にとっては、あまりに遠い過去のことであるかもしれない。

 若い世代の人々にとっては、冷戦時代におけるソ連共産主義の脅威の大きさはとても想像が出来ないであろう。
その人達にとっては、共産主義なき世界が当たり前なのであって、共産主義崩壊がもたらした衝撃を想像することは、実感としてとても難しいと思う。
 という事は、逆に、20年前の人々にとっては、厳然として存在するソ連共産主義が脆くも崩壊するなどという事は、とても想像すら出来ないことだったのである。

 それだけに、共産主義が既に崩壊してしまったというこの論文の言明が如何に大胆であり、また、衝撃的なものであったか、を理解してもらえれば幸いである

 20年前の論文を再提出するのは、私が自らの先見の明を誇りたいからではない。
この論文を通じて、『未来予測とはどういうものなのか?』
特に、国際社会の構造変化を余地するとは、どういうことなのか?
を読者に感覚的に学んでもらいたいと思っている。

 今から20年後の世界を予測するために、今、敢えてこの20年前の未来予測論文を、シリーズ4回に分けて、読者の目にお届けする次第である。

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 ※ 以下は、10ページの論文記事を4回に分けてお届けする第1回分である。
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タイトル 『 共産主義「終焉」の後に 』

                            (中央公論1989年9月号掲載論文より)


  東西対立を越えた新しい時代の地平線が開けつつある
  新たな自由経済の地球的発展の時代が到来しつつある
  この時代を支える新しい理念は、民族自治の確立、南北の強制的経済発展、地球環境の整備の三つであろう


 ■ 一つの壮大な人類史上の実験が終わった。
 共産主義が終焉しつつある。
 そしてその当然の結果として、自由主義陣営と共産主義陣営の間で激しく戦われた“冷戦”という名の第三次世界大戦は、自由主義陣営の勝利に終わった。
実はこの家庭を通じて、自由世界そのものが重要な軌道修正を行ったのであるが、それは後述するとして、まずは冷徹な歴史的検屍官の目を持って、共産主義の死亡診断書を著してみよう。


【 1.自由経済化の奔流 】

 中国もソ連も未だにマルクス・レーニン主義的共産主義の看板を降ろしたわけではない。
しかし両国で現実的に行われている変化は、紛れもない脱共産主義化である。
しかもその変化たるや、きわめて構造的かつ不可逆的なものである。

 中国は現代化といい、ソ連はペレストロイカというが、その内実は自由経済化ということに他ならない。鄧小平治下の中国では、経済的自由化は結構だが、情報と政治の自由化は否定されている。
しかしこれも時間とプロセスの問題である。
89年6月の天安門事件も、中国が脱共産化してゆく長い道程の途上での一つの悲劇と位置づけられよう。

 ソ連では自由経済化にむしろ先行する形で、情報自由化を唱えるグラスノスチが進行中である。言論・報道の自由は、最も根底的に共産党の専制・腐敗と人権抑制を突き崩してゆくことになろう。

 ソ連の覇権主義という外的理由によって共産主義を押し付けられた東欧諸国では、ポーランド、ハンガリーを中心に、自由化という名の共産主義からの離脱は最も急速である。
ベトナム、キューバ等、民族自立の方便として共産主義を採用した国々でも、共産主義がその本来の目的である経済の自立や民族文化の発展を実現できないがゆえに、自由経済化の方向に大きく舵をきりつつある。
共産主義がその本来の目的である経済の自立や民族文化の発展を実現できないがゆえに、自由経済化の方向に大きく舵をきりつつある。
共産主義は今や裸の王様である。
子供の曇りのない目で見れば王様は裸であった。
イデオロギーにとらわれな虚心坦懐な目で見れば、共産主義も今や身にまとうものは何一つない。

 米ソ間のデタントが大きく進展しつつある。
現在進行中のデタントは、ニクソン・キッシンジャー・コンビがプレジネフ・ソ連を相手にして遂行していたそれとは根本的に異なる。
現在のデタントの最大の特徴は、それがソ連社会自体の自由化、即ちソ連共産主義の自己解体と同時並行的に進行していることである。
その点で今回のデタントは、はるかに構造的に堅固な土台の上に進行中である。
それは異なる量大国間の緊張緩和以上のものであり、むしろ第三次大戦終了の始まりであると言った方が適切であろう

 現代のデタントは、決して米ソ対等のものではなく、ソ連がアメリカに膝を屈する形で進められている。
それは、ゴルバチョフの“平和攻勢”と呼ばれているものの中味を吟味すれば一目瞭然である。
88年12月の50万人兵力の一方的削減提案、89年5月の極東軍12万人削減発表、ワルシャワ条約機構軍とNATO軍の同時的解体提案など、その本質は、ありていに言えばソ連軍の自己解体である。
またソ連は、89年2月のアフガニスタンからの撤退に見られるように、東欧からばかりでなく、ベトナム、キューバ、ニカラグア等の従来ソ連の勢力圏と見られていた地域からも大きく撤退しつつある。
ソ連帝国は純軍事的に見ても、明らかに凋落しつつある。



【 2.なぜ共産主義は破綻したか 】

 では一体、なぜ共産主義は終焉しつつあるのか。
その理由を三つの視点から考えてみよう。

 まず第一は、軍縮・デタント推進の必然性に表れているように、自由主義経済の圧倒的優勢とそれに基づく軍事的優勢である。
言い換えれば、共産主義経済はその非生産性から、特に“冷戦”の軍事的負担に耐えられずに、自己崩壊しつつあるのである。
共産主義の教条(ドグマ)は、私的所有の廃止と計画経済が、平等のみならず、資本主義より高い生産性をもたらすと約束したが、事実は全く逆であった。
特権と非能率と地下経済の肥大しかもたらさなかったのである。

 ゴルバチョフが繰り返し、マゾヒスティックなまでにソ連軍と同盟軍の自己解体を“平和攻勢”として提案し続ける理由はここにある。
ソ連は、まず過剰な軍事費負担から自己を解放し、人的資源を含むその経済資源を国内の経済再建に投入しなければならない。
そしてその過程で、デタント推進の“アメ”として西側から与えられる、技術と資本を最も緊急に必要としているのである。
他の共産主義国においても状況は似たりよったりである。
第二次大戦後の40年間にわたる、自由主義陣営の対共産主義陣営への戦略の基調を、若干の修正を伴った「封じ込め戦略」であったと規定することが許されるならば、「封じ込め戦略」は大略みごとにその歴史的使命を果たしたと言うことができよう。
「封じ込め戦略」の創案者、ジョージ・F・ケナンがかつて予測したごとく、共産主義は外部からの直接攻撃によってではなく、その内部から自壊作用が始まったのである。

 第二の明白な理由は、共産主義が行ってきた自由の抑圧と人間性の圧殺である。
スターリン主義において、文化大革命において、56年のハンガリーにおいて、68年のチェコスロバキアにおいて、我々は共産主義独裁の残酷性をいやというほど見せつけられてきた。
人間の自由への希望は繰り返し否定され、人々は銃口の前に種子のように沈黙せざるを得なかった。
しかし専制がいかに強力に見えようとも、人間の自由への希求を圧殺し続けることは出来ず、ツンドラの凍土の下で眠っていた自由の種子にも終に芽をふく時が来た。
そして、抑圧の期間が長かった分だけ、一度始まった自由化への流れは強大である。
人々の自由への憧憬は徐々に水位を高め、今や堰を切り奔流となって流れ出したのである。
全体主義的な統制社会では、一度自由化への動きに弾みがつけば、もはやそれを逆転させることは不可能であろう。

 共産主義とは、そもそも搾取なき平等社会のみならず、人間の権力疎外からの解放を目指した、より自由な社会を約束していたはずである。
たとえ一時的に“プロレタリア独裁”の期間を経なければならないにしても、最終的には資本主義社会よりも自由な社会が到来するはずであった。
少なくとも共産主義の教条(ドグマ)はそう教えていた。
ところが、現実に到来したのは、この上もなく不自由な官僚統制と、その不可避的随伴物である特権と腐敗であった。
現在、共産主義国以上に官僚主義的病弊が蔓延している国はない。

 経済発展のみならず。人間の多方面の自由な発展の可能性についても、自由主義社会の方が、はるかに優れていることが証明されてきている。
科学・技術・芸術などの分野でも、共産主義国からは独創的な成果が実に乏しい。
科学技術の面では、ソ連を中心とする共産主義国家は常に自由主義諸国の後塵を拝し、それゆえにその方面のスパイ行為に熱心であった。

 一時、人工衛星スプートニクの成功がその政治的宣伝と相まって、ソ連の科学技術の優秀性を証明するかのごとく喧伝されたことがあった。
しかし、これとてナチス・ドイツから盗んだロケット技術に接ぎ木をした類のものであり、アメリカが本格的に宇宙開発に乗り出すに従い、そのリードはたちまち逆転されてしまった。
一時は無敵を誇った大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機が、アメリカ側の相次ぐ技術革新により、たちまち時代遅れとなっていった過程と酷似している。
人間性の自由な発展を阻害するような社会では、単発の発明や発見は有り得ても、これを長期的かつ体系的に発展させてゆくことは不可能である。

 そもそも共産主義経済の生産性が低いのは、個人の自発性や創造性を充分に引き出し得ないからである。
これは科学者・技術者の創造性においてばかりでなく、末端の現場の労働者・農民の生産意欲においてもあてはまることである。

 かつての農産物輸出国であったロシアは、共産主義ソ連となって、食糧輸入国に転落した。
ソ連共産党は70年にわたって異常気象への不満を訴え続けてきた。
ソ連農業を復活させ、恐らくは数年以内にソ連を穀物輸出国に転換させる確実な方策がある。
それは私的所有・私的経営を大胆に認めることである。
コルホーズ・ソホーズの解体は、中国の人民公社の解体以上の成果を挙げることであろう。

 共産主義が終焉しつつある第三の理由、それは共産主義が民族主義を抑圧してきたことにある。
中国やソ連、キューバやベトナムのように内発的理由から共産主義の道を選んだ国々においてすら、共産主義は十分な民族主義の発展を許さなかった。
まして東欧やソ連、中国内部の少数民族のように、それを外的事情によって押しつけられた民族においては、共産主義は他民族支配と混合された、民族自立に対する強制支配機構以外の何物でもない。
チベット自治区600万人のチベット人は、亡命政府を有し、中国共産党支配からの独立を望んでいる。
共産国でほとんど初めて行われた自由選挙である89年6月のポーランドの上院選挙では、100議席中“連帯”は何と議席を獲得。
与党共産党は1議席しか得られなかった。

 ソルジェニーツィンは、“ソ連”と“ロシア”を峻別することを要求する。
ロシアは民族と言語の名前であり、ソビエト連邦は共産主義国家の名称である。
今やソ連人口の半数は少数民族によって占められる。
バルト三国も、グルジアも、アルメニアも、中央アジアのイスラム教徒たちも、自らの民族の伝統の下に、モスクワからの共産党独裁支配に抵抗し、民族文化の解放と自立を求めている。
官僚主義的共産党独裁が少数民族文化を抑圧しているのはもちろんだが、ソルジェニーツィンのような立場からすれば、ソ連共産主義が多数派のロシア民族の宗教と伝統すら抑圧してきたことになる。
共産主義の内実は普遍主義的イデオロギーであり、その手段は官僚主義的独裁である。
風土の特殊性に根づいた民族文化の保持・発展を保障出来ないのは当然である。
特に、宗教が共産主義によって弾圧・形骸化されるに及んでは、民族主義と共産主義が相容れないことは明らかであろう。

 共産主義と民族問題を考える時、ユダヤ人問題を避けて通ることはできない。
ユダヤ人はヨーロッパ各国で迫害されつつも、その経済的手腕には畏怖の念を持たれてきた。
ユダヤ人問題を、ユダヤ人問題のみとして孤立に解決することは至難の業である。
そこで、ユダヤ人マルクスは、ユダヤ人問題の最終的解決は、あらゆる差別そのものが解消される共産主義社会において可能になると考えた。

こういった思想的傾向の下に、共産主義という普遍主義的イデオロギー運動に献身するユダヤ人の数はきわめて多かった。
ユダヤ人問題という民族問題を、他の民族との相対的関連においてのみ解決することは不可能なので、共産主義という普遍主義的枠組みの中で解決しようという試みである。
プロレタリア国際主義という理念が現実になれば、確かにあらゆる民族問題は解消されるはずであった。

 こういった背景からロシア革命においては、トロツキー、カメーネフ、ジノヴィエフらのユダヤ系革命家が大活躍した。
共産主義運動の普及において、たとえ共産主義者ではなくとも、ユダヤ人差別解消への希望から、共産主義に同情的であったユダヤ人が、大きな役割を果たしていたことは否定できない。
ポルシェヴィキ革命の折においても、革命ロシアが孤立しないために、ロシア人の国際的ネットワークに期待するところが確かに存在した。

 しかし権力がレーニンからスターリンに移行するに従い事態は急変する。
庇を貸して母屋を取られることを心配したスターリンはトロツキーを始めとするユダヤ系革命家を徹底的に排除し、国際主義を捨て、一国共産主義の確立に走る。
この過程で官僚主義的独裁が定着するのみならず、ユダヤ人ネットワークの切捨て、国内少数民族への弾圧が決定的となるに至る。


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※ 次回、第2回連載 【第3章、裏切られた必然】 に続く。 
  この企画の紹介論文は、4回に分けてご紹介させて頂きます。
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《 参考注釈 》

 ベルリンの壁が撤去されるのが、1989年の11月9日である。
ソ連邦が消滅するのは、1991年の12月26日である。
そして、1989年の6月3から4日には、北京で、所謂、天安門事件が発生している。

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 第1回掲載分の 補足的解説 
 
 上記の、第1回連載分の中に、愛国者にはやや物議をかもしそうな一文がある。

それは、『一時は無敵を誇った大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機が、アメリカ側の相次ぐ技術革新により、たちまち時代遅れとなっていった過程と酷似している。』という文章についてである。

 旧ソ連の抑圧的な体制と、日本の戦時下の状況を同様のもののように論じている点は、批判をこうむるかもしれない。

しかし、私が強調したいのは、日本人がその科学力と技術力を十二分に発揮していれば、原子爆弾ですら日本の方が早く開発できた可能性すらあるという事である

当時の日本の理論物理学は既に世界の最高水準にあった。

 戦後、ノーベル物理学賞を受賞する湯川や朝永のような若い理論物理の研究者もいた。
しかし、勿論、予算の制限はあったとはいうものの、陸軍の官僚主義的研究体制は日本人の科学力、技術力を十二分に発揮させることを阻んでいたのは事実である。

 軍部の行き方に反発した理化学研究所の仁科博士は原爆開発に関してサボタージュを続けていたとも伝えられている。
ともかく、アメリカのように潤沢な予算をもって、なおかつ、ユダヤ人の亡命科学者に自由に原爆開発をやらせるような体制は残念ながら日本には無かったのである。

 戦時下のやむをえぬ統制を何でも軍国主義の名の下に批判することには私は反対である。
しかし、愛国心が科学技術の発展を鼓舞したのも事実ではあるが、また反面、近代化を急いだ日本に、自由な科学技術研究の余裕が無かったというのもまた、事実であろう。

 そのような歴史の両面を見なければ、ならないと思う。


 国を深く愛するものこそ、歴史的事実を客観的に研究する必要があり、自国の欠点も直視する科学者の目が必要であろう

『グリーン革命』そして、フリードマン

投稿日:2009,04,17

『グリーン革命』という本は、アメリカの環境問題に関心の深いリベラル派のユートピア思想を表現したものである。
当然、ユートピア思想であるが故に、現実社会では、その構想の大部分は実現できないであろう。

ただし、日本のリベラル派と違い、アメリカのリベラル派は相当な国家主義者でもあるので、このユートピア思想を国家戦略化しようとしているところがユニークである。

すなわち、フリードマンとらえるところの『グリーン革命』をアメリカが先頭になって推進するならば、アメリカは近未来の国際社会において圧倒的に有利な派遣国家の地位を維持できるという提案をこの本は行っている。

結論から言うならば、私はフリードマン構想の一部分には賛成するが、彼の描いたユートピア像の全体には反対である。

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 グリーン革命の基盤となっているのは、勿論、「地球温暖化仮説」である
この「地球温暖化仮説」を私は真実だとは思っていない。
そこにフリードマンと私の立場の一番の違いがある。
しかし、フリードマンはこの仮説を受け入れている。

「地球温暖化仮説」は、厳密に言えば、3つの仮説の集合体である

その3つの仮説とは、
1、化石燃料の燃焼が大気中のCO2を増加させる。
2、CO2の増加が地球温暖化を引き起こす
3、それによって引き起こされる温暖化は、人類の文明に破壊的な影響を及ぼす。

繰り返し言うが、私はこの地球温暖化仮説を、疑わしいものだと思っている。

フリードマンは、地球温暖化仮説の論証には殆どページを割いていない。
つまり、地球温暖化仮説はこの本においては、公理的な位置づけにある。

それ故に、地球温暖化仮説を受け入れないものにとっては、この本全体が全くのナンセンスである。
その意味においても、ユートピア思想そのものである。

「ユートピア」とは、元々、語源的に云えば、古代ギリシア語で、「どこにもない場所」という事である。
トーマス・モアの著作、空想的社会小説のタイトルとして有名になった言葉である。


 
『グリーン革命』に対して非常に否定的なことを書いたが、部分的には彼の世界観、価値観で私が共有する部分もある。
それは、地球温暖化に対してではなく、われわれの文明の石油中毒からの脱却は、石油収入に依存する様々な独裁政権の力を弱める為にも必要だ、とする点である。
 
例えば、フリードマンは次のように指摘する。
「石油中毒からの脱却は、環境のためだけに必要なのではない。戦略上の必須事項なのだ。
(・・・中略・・・)アメリカの石油中毒は、地球温暖化を促進し、石油独裁者の勢いを強め、きれいな空気を汚し、民主主義の勢いを弱め、過激なテロリストを富ませる。」 (上巻125ページ)

 私は、安全保障戦略上の必要から、過度の輸入石油への依存を弱めるべきだとのフリードマンの主張には全面的に賛成である。
彼は明らかに、アラブ・イスラム圏の独裁政権を嫌悪し、ロシアやベネズエラに代表される石油収入をもとにした独裁的政権を憎んでいる。


 この本が提案しているような環境理想社会を作るには、フリードマンによれば、たった一つの原則を社会で実現すればよい。
それは、上巻の299ページで彼が主張していることである。
「化石燃料がもたらす気候変動、汚染、エネルギー戦争を計算するなら、化石燃料を使う社会にのしかかる真のコストよりも安いクリーンエネルギーが、私たちには必要なのだ。」

 簡単に言うと、再生可能なクリーンエネルギーの総合価格が、化石燃料の総合価格よりも安い社会を作ることが目的である。
 この場合、総合価格とは、単に市場の価格ではなく、廃棄物処理のコストも含む総合的な社会の負担のことである。

そのようにすれば、太陽エネルギー、風力、バイオエネルギー、地熱エネルギー、潮力エネルギー等の再生可能なエネルギーでアメリカ社会全体を効率的に動かすことが可能になる。
 そうすれば、石油独裁国家の力を減殺することは勿論、アメリカが環境技術の上で、世界の覇権を握ることになる。
これが、フリードマンが描いて見せた近未来のユートピア=アメリカの姿である。


 このような社会を実現する政治的な鍵は、ほぼただ一つである。
それは、化石燃料に極端な課税をして、クリーンエネルギーよりも人為的に高価格にしてしまうことである。
また同時に、クリーンエネルギーには、政府の補助金や、様々な優遇措置を与えて、これを化石燃料よりも安くすることである。
そのような仕組みを作れば、後はアメリカ人の創意工夫によって、グリーン革命は実現されるであろう。


これがフリードマンの超楽観的なところである。

「政府が、私たちの望まないもの(CO2排出源からの電気)に課税し、私たちの望むもの(クリーン・パワー型イノベーション)に助成金を出して、競技場を平らにする必要がある。そうすれば、私たちの望む規模で、市場の需要が生まれる。」(下巻63ページ

彼はアメリカ人の発明能力を高く評価し、同じメッセージを繰り返している。(下巻69ページ、71ページも参照

 彼が理想とする近未来のユートピアの有様は、下巻の20ページから38ページに詳しく描写されている。


 ユートピア思想を持つフリードマンとしては、現実のアメリカの民主政治がまことにまどろっこいものに思われてならない。
彼は下巻の第五部で、アメリカが今日のシナのような独裁国家に一日だけなることを冗談のように提案している。

独裁政権であれば、彼の夢の構想を上意下達で社会全般に広げることが出来るというわけだ。
これは環境論者が持ちがちな危うい環境ファシズム思想である。

フリードマンは、こういう提言をすることによって、実は、現実のシナのことが全く分かっていないことを告白している。

今日のシナにおいては、人権や環境を破壊し拝金主義を推進するような独裁的政策は容易に行われるが、環境や人権を改善するような独裁的政策は決して行われないのである。

アメリカが一日だけシナになったところで、問題は悪化するばかりである。
それが今日のシナ共産党独裁政権の実態である。

一日だけシナになれれば、という提言の中に、この『グリーン革命』の、というよりは、
アメリカリベラル派全体の隠されたアジェンダが透けて見えてくる。
それは、統一した国家政策を常に自由な人々の判断よりも優先させようという原則である。

私は元より新自由主義者ではないが、この国家統制的な政治哲学はかなり、危険なものを含んでいるのではないだろうか。


 フリードマンは、CO2排出権取引には反対とはいわないが非常に消極的である
ゴアのように排出権取引をすれば地球が良くなるという考え方は取っていない

彼は化石燃料に高額の税金をかける事(炭素税)を提唱している。
これはゴアよりはまともな考え方であり、評価できると思う。

「排出権取引」はそれ自体を金融バブル化させるだけで、現実のCO2排出量を減らすことは出来ない


ちなみに明日発売の別冊宝島環境バブルで日本が変わる』では
kankyobables.JPG
フリードマン的な国家戦略が全面的に出てくるという可能性について、詳しく論じているので是非、読んでいただきたい。



※ About Thomas L. Friedman
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http://www.thomaslfriedman.com/about-the-author

別冊宝島『環境バブルで日本が変わる』(4月18日発売)に登場

投稿日:2009,04,06

4月18日発売別冊宝島の最新号
『環境バブルで日本が変わる』(880円)の座談会に私が登場します。

金融ジャーナリストの山本伸さん、未来学者の浜田和幸さんとの座談会である。

オバマ政権で、いわゆる『グリーン・ニューディール』によるニュー・ビジネスが急拡大しそうだが、その可能性について言及した。

 今、世界の金融界の一部は、CO2排出権ビジネスのバブル化を狙っている。

この派のチャンピオンが、ゴア元米副大統領である。

この座談会記事は、2部構成の、かなり密度の濃い対談内容になっていると思います、是非、御期待くださいませ。

倒産から失業へ

投稿日:2009,04,02

今週は、更に株式が急落するだろう。

 アメリカではGMが倒産させられるかもしれない。
法律的にはともかく、事実上はもう、潰れている会社である。

 日本でもアメリカでも、失業者が急増するのはこれからである。
アメリカの失業率は08年12月に、7.2%だったが、09年の12月には、最低でも5%上昇し、12.2%以上になるだろう。
悪ければ信増の14%台も有り得るだろう。

 日本でも(政府が既存の景気対策しかやらなければ)失業率は来年の今頃は10%前後になるだろう。
10%を越えると、社会のモラルの崩壊が酷くなってしまう。
 秋葉原の無差別殺人のような事件が増えるはずだ。

 自分のjob security (雇用確保)が第一になる。

今、打つべき手を全部打たねば、後悔する事になる。

『G20後に再び暴落?』

投稿日:2009,03,29

4月2日にロンドンで、G20(20カ国)金融サミットが開かれる。
その会にて思い切った総合的な金融危機対策が打ち出されなければ、世界経済はさらに大きな危機に直面する事になる
G20が失敗に終われば、世界的に株価が再び大暴落の局面に入る可能性が大である。

日本では、株価維持の為の公的資金によるPKOが現在行われている。
年度末(3月31日)における株価の維持を目的として、かなりの量の公的資金が日本の株式市場に投入されているはずである。
PKOの一応の目的は、3月31日に達成される。
そして、4月2日にG20が開催される。

PKOの公的資金の投入が一時的に止まり、G20の金融サミットの失敗が明らかになった時、日本のみならず、世界中の株式相場が急落する危険性がある。

もし、4月上旬に、北朝鮮のテポドンミサイルが飛ぶとすれば、日本にとっては2大ショックとなるだろう。

金価格はどこまで上がるか?

投稿日:2009,03,08

 2月20日。金の先物価格が、1トロイオンス(約31.1グラム)=1000ドルを突破した。
2008年3月以来、約11ヶ月ぶりの高値である。

 金は、国際商品なので、1グラム何円ではなく、1トロイオンス何ドルか、で見なければならない。
 今後、金価格が、どこまで上昇するかで、大きくいって2つの見方がある。

   第1の見方は、今後とも、引き続いて、金価格が長期にわたって、上昇していくという見方である。
 第2の見方は、世界経済が、危機的状況を脱すれば、金価格は下落するだろうという見方である。

 1999年以来、金価格は、約240%上昇した。
一方、米ダウ工業平均は、30%下落している。

 つまり、過去10年間に関する限り、金投資は、株式投資に対して、圧倒的に優位であった。
しかし、通常のパターンでは、世界の経済成長が、順調なコースに戻れば、株価の上昇率が、金価格の上昇率を上回る事になる。
私は、現在の世界経済の混乱が、相当長期に及ぶと見ているので、金価格も長期的に上昇トレンドにあると、予測している。

現在、米ドルは、世界の基軸通貨の座を滑り落ちつつある。
これは拙著、「ドンと来い大恐慌」で詳しく分析したとおりだ。

そこで、金は単なる一次産品ではなく、通貨としての本質を再獲得しつつある、と考える。

そこで、1オンス1000ドル以上の相場は長く続くものと予測できるのみならず、長期的には1500ドルから2000ドルに向けて上昇する可能性も大である。

別冊宝島「環境ビジネス特集号」の座談会

投稿日:2009,03,07

3月7日午後、別冊宝島「環境ビジネス特集号(仮題)」の為の座談会を3人で行った。
参加者は、私のほかに、金融ジャーナリストの山本伸さんと、国際政治経済学者の浜田和幸さんの計3人であった。

山本さんも浜田さんも情報が豊富なので、大変面白い座談会になった。

山本さんの基本シナリオは、現在の世界経済が、三つの選択肢に直面しているということである。
第1が、世界大恐慌
第2が、戦争
第3が、環境ビジネス主導型の成長、
のいずれかである、というのである。

私はこの、3択問題という発想には反対であるが、同時に1つの面白い発想であるとも思う。

3人の意見が一致したポイントが、1つあった。
それは、オバマ政権に食い込んでいる一群の人々が、「二酸化炭素排出権の取引を金融バブル化しようと企てている」という予測である。

ゴア元米副大統領を中心にした勢力は、明らかにそれを狙っている。

日本は、この悪魔のシナリオに、絶対に乗ってはならない。

日本は、京都議定書から離脱して、独自の環境問題のリーダーシップを取るべきである。
日本経済には、それだけの実力がある。

この対談を載せた別冊宝島は、4月20日頃、発売予定である。

アメリカ vs スイス 関係、更に悪化!

投稿日:2009,03,03

アメリカとスイスの関係が、更に悪化している。

アメリカ人のごり押しに、スイス人は怒っている。

スイスの銀行UBSには52000人のアメリカ人の銀行口座がある。
アメリカ政府は、この全ての人名の情報公開を求めている

スイス政府は、脱税の可能性のある、250から300名の個人名を、既に通告し、これ以上の個人名の漏洩を違法であると決定している

スイスでは、銀行業界に100万人以上の人が就業しており(スイス全体の人口は約720万人)、スイスのアメリカに対する投資は、アメリカ国内で50万人以上の雇用を生み出している。
スイス国民は、スイス銀行の口座をEASYに脱税問題と結びつけるアメリカ人の無作法な態度に、かなり感情的に反発している。

スイス政府は、アメリカが直接の国交関係を持たないイランにおいて、アメリカ政府の領事義務の代行をしている。
しかし、場合によっては、スイス政府は、この領事義務の代行を拒絶するかもしれない


この「アメリカ政府はスイスとの関係を注意深く扱うべきである」と二度、駐スイス大使を務めた人物が、3月2日付ファイナンシャル・タイムス紙に寄稿している。

アメリカ・スイス関係は、現在、かなり悪化している。

この事については私の知る限り、日本のマスメディアは、全く報道していないようだ。

米ダウ平均はもうすぐ7000ドルを切るだろう!

投稿日:2009,03,01

2月27日(金)、米ダウ平均終値は7033ドル。
シティの事実上の「国有化」で、1日で約120ドル下げている。

来週以降7000ドルを切ることになるだろう。

私は大底で5000ドルは切ると予測している。

米シティ 国有化へ!

投稿日:2009,02,27

27日午後、神戸のホテルに戻ってニュースをチェックすると『米シティ 事実上の国有化』の報道
3月22日(日)に発送した我がケンブリッジ・フォーキャスト・レポートで、
米国主要銀行の国有化を予測し、

26日の関西厳喜会の講演でもこの事に警告を発しておいた

レポート発送直後、5日で、またしても予測的中である。

危機管理策としては当然の事である。
国有化と社会主義化は違う。
日本の主要銀行も資本注入で一時的に「半国有化」され、その後、国に資金を返済して再私企業化したのである。

2009年始動!

投稿日:2009,02,25

2008年の世界金融危機が、私の頭脳を再活性化したようだ。

日本はピンチにもあるが、大きなチャンスも手にしている。 何よりこの事を日本人に自覚して欲しい!
その思いで、活動を再開する。
HPも抜本的に刷新して、全く新しい決意で、情報発信を行ってゆく。 ブログも開設する。
2009-2010年には、世界は全く新しい時代に入る100年後の日本の運命が、2010年を中心とする2-3年で決まるのではないか?とすら思っている。
かねてから、2010年前後に歴史の大きな分水嶺が来る事は予感していた。
暫くの沈黙と準備の時期を終えて、このCritical「決定的に重要」な時期に、私の能力を全開させる決意だ。