12月12日(土)午前中、NHKテレビ第1放送は、画家・平山郁夫の追悼番組を放送した。
題して「シルクロード・祈りの旅人」。
平山は、広島原爆の被爆者だそうである。
その被爆体験から、平山の「反戦平和」の祈りが生まれ、それが彼の画業の思想的基盤となった、というような話である。
平山郁夫と言えば、親中派の代表的芸術家であり、シナ共産党政権の御用画家といってもよいほどの存在である。
平山は、被爆者であるにも関わらず、シルクロードの地、東トルキスタンで被爆した多くのウイグル人の事は完全に無視した。
その偽善と欺瞞を許す事は出来ない。

シルクロードは、平山の得意の画題であり、何度も彼は、シルクロードの地を訪れている。
彼が被ばく者であり、平和を祈るものであるならば、最も強烈にシナ共産党政権に抗議の声をあげなければならなかったはずである。
それどころか、平山は、ウイグル人被爆者に背を向け、「シナ共産党政権との友好」に精を出した。
シルクロードを題材としたテレビ番組で、NHKはシナ共産党政権と大きく癒着したわけだが、平山も同様の体験をしたのであろう。
また、NHKは、この為に、平山を生前から度々称賛し、ヨイショし、平山の宣伝係を買って出てきた。
謂わば、【シナ・NHK・平山】は、腐敗と堕落の蜜月関係を築いていたのである。

平山の絵を、高価なものにしたのは、彼の竹下登元首相との関係であった。
田中角栄の後を継ぎ、日本政界の対中利権を一手に仕切っていた竹下登は、政治資金のやりとりに、平山の絵画を度々利用した。
平山のビジネス上の成功は、竹下に負うところが大きいと言われている。

おそらく、平山をシナ共産党幹部に紹介したのは、竹下登なのであろう。

【平山―竹下―シナ】というのも、1つの利権構造を構成していたわけである。
平山郁夫の絵を見ると、彼が大した画家でない事は歴然としている。
彼の絵は、本の挿絵やイラスト程度の底の浅いものである。
これを、「祈りの旅人」などと称し、彼の芸術に何か深いものがあるように持ち上げて見せたNHKの審美眼も噴飯ものである。
芸術家というものは、元来、人権や自由の侵害に最も敏感でなければならない人たちである。
平山はまさにその逆であった。
シナ共産党の独裁政治に平伏し、それによって弾圧され、虐殺された人々を一切、無視したのである。
悪しき独裁権力に跪き、その恩恵を被った最悪の芸術家である。
芸術家というよりは、「美術品ゴロ(“美術”ブローカー)」であったのだ。
平山は、シルクロードの美化に大いに貢献したが、彼のせいでかの地に赴き、それと知らず、原爆実験地跡を歩きまわり、被ばくした日本人旅行者も多数いるに違いない。
被爆者である平山が、新たな日本人被爆者を造り出していたのである。
それは被爆者がやってはならない事であったはずだ。
独裁政権の走狗となった平山郁夫は、【被爆被害拡大の死の案内人】ともなったのであった。
【緊急告知!】 12.15 習近平シナ副主席 訪日反対!天皇陛下会見強行反対!緊急街宣行動
12月14日(月)に来日が予定されている 習近平 シナ国家副主席 は、今年7月5日のウイグル大弾圧・虐殺の指揮者であり、将来、シナ共産党のトップになるだろうと噂されている人物です。

シナ共産党という血塗られた一党独裁の政党の序列第6位という人物であるにもかかわらず、民主党売国政権は、「格」の大きく違う我が国の天皇陛下との会見を、要望されるまま、強引に決定してしまいました。
それも、小沢「朝貢」訪中団の北京訪問に合わせる形でのことです。
これは、単にシナへの隷属外交と言うだけでなく、我が国の皇室の尊厳を貶め、天皇陛下に対する許し難い「不敬」「無礼」であり、私達は日本国民として、この売国行為や皇室不敬行為を見過ごすわけにはいきません。
そこで、緊急行動になりますが、天皇陛下との会見が予定されている 12月15日(火)朝 より、緊急街宣行動 に立ち上がることとなりました!
これは今、何としても立ち上がらなければならない事です。
血塗られた共産主義者と天皇陛下の会見強行に断固として抗議し、国民の怒りと意志を、売国政治家とシナ共産党に知らしめるべく、多くの草莽の皆様のご参集をお願いいたします!
12.15 習近平シナ副主席 訪日反対!天皇陛下会見強行反対!緊急街宣行動
日時: 平成21年12月15日(火) 9時00分から12時30分
場所: 東京駅 丸の内北口 前 日本生命丸の内ビル 付近 に集合
※ 旗やプラカード等の持参大歓迎!
※ チラシは こちら からダウンロード出来ます!
主催 草莽全国地方議員の会 TEL 03-3311-7810
チャンネル桜二千人委員会有志の会 TEL 03-6419-3900
私も、朝から必ず駆けつけたいと思いますので、是非、皆様のお力添え、そして一人でも多くのご参加を宜しくお願いいたします。
(緊急告知となりますので、これをご覧になられました方は、ブログやメルマガなどで、一人でも多くの方にお伝え頂けますよう、ご協力、宜しくお願いいたします)
【お知らせ2】藤井厳喜のトークが『NHK情報戦争.COM』の読者専用ページでポッド・キャスト形式で一部聴けるようになりました。
例:
今日は、午後から上野の国立西洋美術館で催されている『古代ローマ帝国の遺産―栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ』を観に行ってきた。

個々の美術品の感想はさておくとして、何よりも感じたのは、ローマが偉大な俗物の帝国であるという事であった。
美術や学問の独創性においては、遠く古典ギリシアには及ばなかったが、彼らは巨大な土木工事を行ない、壮麗な都市を建設し、普遍性のある法令による壮大な帝国統治システムを創り上げた。
当時のポンペイの住居がコンピュータ・グラフィックで再現されていたが、今日の我々の水準から見ても、実に羨むべき物質的快適さが保障された家屋である事に感嘆せざるを得なかった。

VR映像はここのページでも見られます⇒ http://roma2009.jp/highlight/chapter6.html
(ここで寝椅子に横になって、葡萄酒でも呑みたかったなぁ…。)
私は酒好きなので特に酒器の精巧なものに目を奪われた。

当時のローマ市民は極めて高いレベルの物質的生活を享受し、それは恐らくは20世紀におけるアメリカ文明の物質的繁栄にも匹敵するものだったのではないだろうか?
現在、この時点で古代ローマ帝国の遺産を見ると、どうしてもローマ帝国とアメリカの間のアナロジーに想いを致さざるを得ない。
アメリカは間違いなく現代のローマ帝国なのであろう。
そして、そのアメリカ帝国が現在、衰退に向かいつつある事は確かである。
ローマ帝国の衰退、そしてかつての大英帝国の崩壊と比較する事により、今日のアメリカ帝国がどのように衰退してゆくかは、ほぼ想像する事が出来ると思う。
今日のアメリカにおいては、生産力の衰退にも関わらず、過度の消費が続き、これが帝国衰退の最大の原因となっている。
経済の衰退は当然、軍事力の弱小化をももたらす。
アメリカは最早、世界の警察官たる事に耐えきれなくなっている。
また、経済と軍事の衰退の更に根本的な原因となっているのは何よりも、アメリカ人の精神的価値の崩壊であろう。
アメリカを創り上げた強烈なピューリタン的精神は物質主義とあまりにも多様な移民の流入によって失われつつある、としか言いようがない。
ローマ帝国の崩壊と比較しつつ、今日のアメリカの衰退現象を見ると、オバマ大統領の位置づけもおのずと世情言われているのとは変ったものに見えてくる。
アメリカの上流階級がその指導性を失い、いわばどこの馬の骨ともしれない人間が大統領になったわけである。
これは黒人解放という点では前向きに評価される事であるが、多面からすればアメリカをリードすべきエスタブリッシュメントの衰退をも意味するのであろう。
ローマは栄華を誇り、やがて衰退し、崩壊していった。
東ローマ帝国は長く持続はしたが、その文明は停滞したままだった。
滅んだ西ローマ帝国からはやがてヨーロッパの近代国家が産まれてゆくが、それには何百年もの長いプロセスが必要であった。
ローマは滅びても、その周辺にローマに匹敵するような、あるいはそれを凌駕するような大帝国が存在していた訳ではない。
ローマ帝国は崩壊はしたが、そこから中世のヨーロッパがスタートし、長い目で見ればヨーロッパ発展の基礎を築いた事になる。
しかし、アメリカの衰退はこれとは全く異なる国際的文脈の中で起ころうとしている。
アメリカに対抗する勢力には、EUのみならず、ロシアやシナといった、全く異質の帝国も存在する。
特にシナの帝国主義は最も野蛮な性質を備えており、これが拡大するならば、ヨーロッパ近代の人権や自由やデモクラシーといった政治的価値は全て否定されてしまうであろう。
つまり、アメリカ帝国の崩壊の後に来るのは、異なる文明圏の群雄割拠的な混乱の時代であり、特にシナ帝国の膨張主義はアジアにとって極めて危険な要素である。
日本は、1つの独立した文明圏としての自覚を持ち、この現代のローマ帝国とも言うべきアメリカ帝国の衰退に如何に対処してゆくべきなのか?
単に国家戦略的なレベルのみならず、文明論的な視野からこれを考え、実行しなければならないだろう。
本日観た彫刻の中で一番面白かったのは、『豹を抱くディオニュソス』であった。
これは、この展覧会のポスターにも使われている秀逸な作品である。

豹の子供を抱いているというが、これがイタチかテンを抱いているように見える。
何やら不思議な彫像であり、怪しげな美しさを感じさせる。
今日の一句
何を抱く 上野の秋の ディオニソス
厳喜
私の好きな画科の一人に、パウル・クレー(Paul Klee(1879-1940))がいる。

クレーの抽象画を見ていると、私の中の縄文的感性が揺り動かされて、何か不思議な、また優しい気持ちになる。
クレーの絵画は、ヨーロッパ的伝統の中では、謂わば絵画自体の崩壊した最後の到達点のような存在であると思う。
ヨーロッパのあらゆる絵画的技法が試され、その後に到達した極北の地点のような芸術である。
ヨーロッパの中の美的感性と論理が自己展開し、完成され、最後に自己崩壊してしまったようなその崩壊の形であるような、芸術とも言える。

(※私の好きな絵 『子供の半身像』(1933))
恐らくは、クレーに与えた影響ということであれば、ヨーロッパから見えた近代以前のもの、すなわちアルタミラの洞窟の壁画やアフリカ黒人の原初的な芸術のようなものが考えられる。
しかし、私にはクレーの中にある根源的なもの、それは別の言葉でいえば「キリスト教以前のもの」更に言えば、「古典ギリシャ以前のもの」は、日本の縄文時代の感性に極めて近いもののように思われる。
縄文時代の巨石文化と極めて類似したものが、ヨーロッパのストーン・サークルのようなものに発見されるのは誰もが容易に気がつく事だ。
我々は、ヨーロッパの近代の華やかさに幻惑されて、キリスト教以前のようなあるいは、古典ギリシャ以前のようなヨーロッパの土着文化の香りに想いを致す事があまりに少ない。
しかし、例えばクレーの、『死と炎』『インスラ・ドュルカマラ』を見ると、私にはそれが縄文以外のものにはとても見えないのである。

(『死と炎』Tod und Feuer (1940) )

(『インスラ・ドュルカマラ』Insula Dulcamra (1938) )
また、クレーの「天使の絵」シリーズなどは、江戸中期の福岡の仙崖和尚の一筆書きの絵『お月さまいくつ』『猫の恋図』の世界観にも極めて似ているように感じられる。

(『お月さまいくつ、十八、七つ』 ※ 仙厓義梵(せんがいぎぼん)江戸時代後期の臨済宗妙心寺派の禅僧の作)

(『猫の恋図』)
萩散るや クレー、仙厓 呑むあたり 厳喜
私の好きな二人の画家が、萩の散る野辺で酒を酌み交わしているという風景である。
クレーが酒をたしなんだかどうかは知らないが、仙厓は随分といけそうな口である。
どんなに楽しい会話が交わされることだろうか?
いや、そこに画帳の一冊も置いておけば、どんなにか面白い絵画の対話が成立していただろうか。
こんなことを考えるのが、私の楽園である。
日本で人気のあるクレーの数ある「天使の絵」にしても、私には縄文的感性の表現のように思われる。


恐らくクレーの絵が非常に日本で人気のある理由はここにあるのであろう。
クレーは恐らくはあらゆる近代的絵画の思想と哲学と手法を吟味し、子猫のようにスルリと通り抜け、人間の「描く」という衝動の最も原初的な体験に出会ったのであろう。
それは意外に普遍的で所謂、民族の固有の文化や、文明圏の違いさえも超越しうる程に深い行為だったのではないか。
歴史家トインビーは、伊勢神宮をおとずれた時に、あらゆる宗教の底に存在する普遍性を私はここで感じる、と述べたが、クレーの絵を見ていると、あらゆる絵画の根底に存在するであろう描くという衝動の普遍性を私は感じるように思う。
パウル・クレーは、縄文土器を見た事があったのだろうか?
観た事があったとしても、なかったとしても、それは大した問題ではない。
本当の国際的な文化交流とは、単に外国のもの珍しいものに驚くのではないのは勿論、日本人の多くの様に外国文化の優越にひれ伏す事でも勿論ない。
また、いたずらに国粋的に独自の文化を外国に押し付けものであってもよいはずではない。
国際交流とは、お互いの文化や文明の根源を掘り下げる事により、その底辺に存在する共通の地下水脈的なもの、あるいは共通項を探し出し、そこから相互理解を進めるという事であろう。
またそれは、時に、ついには相互に理解できない要素を認識するという事でもあろう。
私が国際関係の研究をする時に常に心がけている事の一つは、そのようなことでもある。

3月5日夜、ある機会があり、「クラウド・ゲイト・ダンスシアター『WHITE ホワイト』」 を観劇した。
はっきり言って、京劇の孫悟空をコンテンポラリーダンスに移し変えたような奇妙な舞台だった。
これは「アジア的」ではなく、「シナ的」である。
シナ的ケレンに満ちた舞踊である。
シナ武術的であり、シナ雑技団的であり、宦官的であり、超技巧的ではあるが、人為的見世物である。
霊性(スピリチュアリティ)が欠如しているが故に、これを芸術と呼ぶことは出来ない。
しかし娯楽(エンターテイメント)性にも欠ける、何とも中途半端な身体表現である。


