シリーズ『共和制革命を狙う人々―国家よりも党を重視する民主党』 第7回
第7回 「国家よりも党を重視する民主党― 民主党のイギリス・モデル傾斜の危険性」
9月16日の鳩山政権誕生以来の民主党政権の動向を観察して来ると、1つの事が非常に明らかである。
それは、政党があらゆるものの優位に立ち、国家機関すらも政党が指導するという、ある意味で政党独裁の体制に国を導いていこうという危険性である。
身近な国でいえば、鳩山首相や岡田外相や小沢幹事長が大変、親しみを感じているらしい中華人民共和国の共産党独裁の体制を思わせるような国家に対する党の優位の状況が日本で今、創られつつある。
民主党が言う、「官僚に対する政治家の優位」とは、実は、政党が国家機関の上位にあり、それをコントロールするという危険な思想ではないのだろうか?
シナでは、シナ共産党が国家機関の上位に立ち、全てをコントロールしていることは周知の事実である。
このような体制に日本がなってよいはずがない。
国民も日本がシナのような独裁国になる事は許さないであろう。
しかし、民主党はイギリス・モデルの統治をそのまま日本に導入しようとしている。
これは一見、日本国民にもよい印象を持たれているようだ。
何故なら、イギリスは君主国であり、立憲民主制の日本と共通項があるからである。
ところが、盲目的にイギリス・モデルを日本に導入する事には大きな危険性がある。
イギリスではかつて、王政を否定した共和制革命があった。
ピューリタン革命と呼ばれ、この後に出現したのがクロムウェルを中心とする独裁政権である。
これを英語では、「elected dictatorship (選挙された独裁性)」と呼んでいる。
つまり、王政は常に廃棄され、選挙によって成立した議会が独裁的権力をふるうという事である。

(↑↑↑ ※ 絵は、『クロムウェルとチャールズ1世』 ポール・ドラロッシュ 1831年)
この議会的独裁性の危険性が反省され、名誉革命によって王政復古が成り立ち、イギリスはバランスのとれた近代的立憲君主制の国となったのである。
それ以降も、王政の実質的な政治力は低下したので、イギリスにおいてはいつでも議会が独裁的な権力を振るう危険性が存在した。
これを最もよく認識していたのが、アメリカ建国の父祖(Founding Fathers)である。
それ故にアメリカは厳格な三権分立を導入して、クロムウェルの独裁、そして議会の独裁を許さないような体制を創った。
そもそも、イギリスの憲法は、不成文憲法と呼ばれる。
私流の解釈をするならば、成文と不成文(慣習)を組合わせた憲法体制である。
不成文の部分において、拡大解釈によって議会の独裁権が拡大する可能性も常に存在する。
それ故に、アメリカの建国の父祖達は、厳密なる成文憲法の制定に拘ったのである。
今日の民主党の小沢幹事長の立場は、ピューリタン革命後のクロムウェルの地位にも相当するかもしれない。
国会議員は確かに、国民によって選挙はされたものの、その権力が絶対ならば議会的独裁性がそこに成立するのである。
少なくとも今の日本はその危険性に直面している。
今晩の勉強会で、私の友人である在日経験の長いアメリカ人弁護士と話していたところ、彼が今日の民主党が「elected dictatorship (選挙された独裁性)」になるのではないか、と憂慮している事が分かった。
イギリスとアメリカの関係を少しでも深く理解していれば、了解出来ることだと思う。
アメリカ型デモクラシーが嫌いだからと言って、何でもイギリスのものを導入すれば良いという事でもなかろう。
イギリスには王様の首を切って、行なった、共和制革命があり、その革命への反省から今日の安定した立憲君主制が成立しているのである。
このような歴史的経緯は日本国民の少なくとも、政治家達の常識になって欲しい知識である。
シリーズ『共和制革命を狙う人々―世襲制批判・批判』 第6回
第6回 「世襲制批判・批判」
最近よく、「世襲制」への批判を見聞する。
主に政治家(代議士)の世襲制への批判であり、これには最もなところも多い。
しかし、少し深く物事を考えてみると、一般的な世襲制批判もまた、共和制革命に結びつく危険な思想である。
世の中には、世襲が適当であるものと、適当でないものがあるようだ。
世襲制一般を否定してしまうと、やがては日本人にとって最も重要な世襲制を否定してしまう事になる。
その最も重要な世襲制とは天皇の世襲制である。
他の世襲制度は否定されても、天皇の男系男子による世襲が否定されてしまえば、日本という国そのものが破壊されてしまう事になる。
それ故に、世襲制一般に対する批判は、きわめて慎重に行なわなければならないだろう。
そして、世俗的な世襲制一般に関しては、様々な議論が存在してよいが、皇室の伝統に関しては世襲制こそがその命であり、それを否定する事は日本を大事に思うものにとっては原理的にはあってはならないことである。
今、最も一般的に否定されている世襲制は「政治家の世襲制」である。
麻生総理大臣はもとより、それに対抗する民主党の鳩山代表や、前代表の小沢一郎氏にしても皆、政治家の何代目かである。
台湾の李登輝元総統は、日本を愛して止まない誰もが知る親日家であるが、日本の政治家の世襲制だけはよくないと日本人に苦言を呈している。
李登輝さんほどの愛日家がそういうのだから、外国人の視点から見ても、日本の政治家の世襲に大きな問題があるのは確かである。
能力のある、特に国際的な交渉力のある政治化が、世襲制では中々生まれにくいのは事実である。
ここのところ、日本の総理大臣を務めた安倍氏や福田氏にしても、如何にもひ弱さと剣が峰に立っての度胸の無さが目立った。
その前の小泉総理は、三代目の世襲政治家ではあったが、中々に見解に強くピンチに立っても堂々と行動していた事だけは評価されてよいだろう。
しかし、一般的に言えば、安易に政治家の地位を手に入れられる二世、三世、四世の政治家がひ弱であり、度胸も無く、国際的な交渉力に欠けるというのは事実である。
しかし、民主的な選挙制度をとる日本においては、世襲政治家を選出しているのは、つまるところ選挙民である。
相対的に世襲政治家への安心感が強いので選ばれてくるだけの話であろう。
確かに世襲なくして安定した代議士のポジションを得ることはきわめて難しい。
多くの潜在的な政治的能力を持った人々が、政治家になろうとしないのは、あまりに長い時間とエネルギーを必要とするからである。
20代でスタートしたとして、徒手空拳の政治家志望者であれば、国会に安定した議席を得るまでに、少なくとも20年の歳月は必要とされるであろう。
これは、あまりにもリスクの多い職業選択の道である。
国政で活躍しようとするものにとっては、国会で安定した議席を得られる時点がスタートラインに過ぎないのである。
つまり、ごく普通の人間であれば、国政レベルの政治家としてスタートラインに立つ為に、少なくとも20年の歳月を費やさなければならないのである。
競争力の無い世襲制の政治家を排除し、能力のある「非世襲の政治家」を国会に送るには、選挙民の見識が高くなければならないだろう。
また、それだけではなく、政党が優れた候補者を組織的に応援し、非世襲の優れた人材が過剰な負担を個人的に負うことなしに政治家になる仕組みやルートを作っていかなければならないだろう。
そのような努力を怠って、世襲制批判だけをしていても全く無意味のように思われる。
世の中には歌舞伎や能の役者のように、世襲を前提にしなければ伝統が継承できない職業も存在する。
子供に適正がなければ世襲は不可能だし、養子という制度も用いられるが、伝統的な家という枠組みがあってはじめて伝統芸能の伝統が継承されてゆく事が出来るのである。
こういった場合は、世襲制は寧ろ、賞賛されるべき制度であって、何ら批判されるべきところはないように思う。
世襲制批判の前提となっているのは、原理的に言うならば、おそらくは、個人を過去の伝統や制約から切り離し、孤立した自由な人格と考える哲学であろう。
しかし、我々の中の誰が一体、自由な電子のように過去から一切解き放たれた存在でありうるだろうか?
我々の誰しもが、親からの遺伝という拘束条件を受け、時代と場所という動かし難い自分の選択しなかった状況の下で生きてゆく事を余儀なくされている。
与えられた運命の中で、我々の持つ自由の度合いは、実はきわめて少ないと言わなければならないだろう。
精神的にも、肉体的にも、我々は先祖伝来の遺伝的影響の下に存在しているし、幼児にとって、決定的に重要である環境すら幼児であった我々自身が自由に選び取ったものではないのである。
しかし、人がもし、真に生甲斐のある人生を送りたいのならば、如何なるものであれ、一旦、これらの非拘束条件を全て運命として受け入れ、これを肯定するところから出発しなければならないだろう。
この覚悟を「運命愛」と名づけた人もいる。
「運命愛」を持ちえた時に、逆説的だが人は、はじめて自由な存在となり、つまり己がどのようにどの程度、自由であるかを自覚する事が出来るのである。
如何なる非拘束条件があろうとも、人が現在から未来に歩みだす時、その選択の幅が如何に狭くとも、選択が存在する限りにおいて、人間は全く自由である。
おそらくは死の直前にいたるまで、人は選択的には自由であり続けるしかないのである。
このように人の運命と自由を考えていれば、人はある意味で誰しもある一定の世襲制のもとに生きている訳である。
それを完全に否定し、人があたかも完全に自由な選択をしうる存在だと考えるのは、あまりに楽観的であるし、あまりに愚かな人生観であろう。
一律的な世襲制批判は、以上のような底の浅い考え方からのみ生まれてくる劣化した感情論でしかないだろう。
その感情論が、隠蔽しているのは、多くの場合、優れたものへの嫉妬やルサンチマンあるいは、劣等感なのであろう。
そのような劣悪な感情からは何も美しいものは生まれて気はしない。
※ 次回、シリーズ 『共和制革命を狙う人々』 第7回『国家よりも党を重視する民主党 ― 民主党のイギリス・モデル傾斜の危険性』 に続く。
シリーズ『共和制革命を狙う人々―大統領制、道州制を推進する人々の陰謀と偽善のカラクリ』 第5回
第5回 「地方の人々は本当に地方主権を望んでいるのか?」
私が抱いている大きな疑問は、地方の人々が本当に「地方主権論」や「連邦制論」を望んでいるのか?という疑問である。
私が言っているのは、ごく普通の人々の事であり、県知事や県会議員の事ではない。
例えば、東北の過疎地に住むお祖父さんやお祖母さんは道州制論を望んでいるだろうか?
また、四国や九州の田舎の人達が本当に地方主権論や連邦制論を望んでいるだろうか?
地方に行けばいくほど、人々の考えは保守的であるというのが常識である。
地方の農家には、未だによく天皇陛下と皇后陛下の写真を額縁に入れ、家の柱に飾ってある家を見かける。
都会では稀な現象である。
つまり、地方に行けばいくほど、皇室に対する尊敬の念が広く見られるのであり、こういった保守的な皇室崇敬の念の厚い人々が、皇室と地方を切り離す、地方主権論などを指示するわけがない、というのが私の直観である。
また、僻地や離島であるほど、中央政府からの援助や補助を必要としている。
地方主権が成立してしまえば、大都市の豊かな税収を僻地の貧しい地域に持ってゆくということも出来なくなる。
僻地や離島ほど中央との強いパイプを求めているというのが、一般的傾向である。
例えば沖縄の離島などがそのよい例であろう。
まず、沖縄県自身が中央からの強力な財政支援によってはじめて成立している自治体である。
そして、離島ほどこの傾向は著しい。
例えば、与那国島や、石垣島などの日本の最西端の島々の事を考えてみよう。
これらの島々は、国防の最前線でもある。
強力な中央政府の支援がなければ、たちまちにシナの侵略を受けてもおかしくない島々である。
これらの国境の島々では、宮古島なども含め、自衛隊の駐屯を望む声が強力である。
自衛隊基地を作り、島々の人口を増やし、安全を確保すると同時に、経済をも浮上させたいという島の人々の願いは痛切である。
沖縄本島においては、反自衛隊的意識が強いようだが、国境にある沖縄の離島では、そのような感情は全く見られず、自衛隊、歓迎論が主流である。
これには、歴史的背景もある。
沖縄本島の人々により、これらの離島の人々は、著しく差別されてきた。
それ故に、沖縄の離島の人々は、本土との一体感を求める気持ちが強いのである。
地方自治体の職員や、議員ではなく、まったくの一般庶民は特に、過疎地や離島に行けば行くほど、日本国民としての一体感を求めていると思われる。
これらの人々は、地方主権論や、連邦制論を絶対に指示はしないであろう。
※ 次回、シリーズ 『共和制革命を狙う人々』 第6回『世襲制批判・批判』 に続く。
シリーズ『共和制革命を狙う人々―大統領制、道州制を推進する人々の陰謀と偽善のカラクリ』 第4回
第4回 「天皇と国民を遠ざける連邦制論」
日本国の統合の象徴である天皇と国民の間に入ってきて、それを遠ざけようとしているのが地方主権論であり、その延長線上にある「道州制論」や「連邦制論」である。
日本国民は、自らの統合の象徴として天皇を仰ぎ、天皇のもとの国民という感情によって、その一体感を実感してきた。
一人の天皇のもとに、代々統一されてきた日本国民であるとの自覚を持てば、日本国を統治する天皇のもとの一つの中央政府というイメージを当然に国民は抱くであろう。
天皇のもとに一つの中央政府が存在し、これが日本国民を差別なく平等に取り扱い、日本各地を一つの統一された基準によって統治するというイメージである。
これは、天皇のもとにおける中央集権政府を容易に存立せしめるであろう。
つまり、天皇のもとにおける平等な国民、という意識からは地方主権論などは生まれ難く、そして天皇のもとにおける強力な中央政府こそがその意識からは生まれてくることになる。
明治維新に言う「維新」とはそもそも、何だろうか?
たとえば、平成の御代における日本の真の革新を考える時、我々は明治維新にならい、平成維新という言葉を使いたくなる。
「維新」とは、国の存立の基盤に戻ることにより革新を行おうという革新的復古の思想であり、復古的革新の思想である。
そして、歴史的にみるならば、維新とは、天皇のもとにおける国民の平等をさらに進める事である。
「大化の改新」において、「明治維新」において、日本国民は天皇のもとにおける平等な存在としての立場を獲得することが出来たのである。
明治維新に関して言えば、封建的諸侯による幕藩体制という地方分権性から解放され、日本国民は天皇のもとにおける市民平等の存在となったのである。
藩という地方分権制と、士農工商という封建的身分制度から解放され、日本人は天皇のもとにおける平等な存在となることが出来たのである。
今日以降においても、日本におけるデモクラシーの原点は、天皇のもとにおける平等という思想であろう。
西洋において、キリスト教的「神」のもとにおける平等という思想が、近代の西洋のデモクラシーを推進してきたことと極めて類似している。
天皇のもとにおける平等な国民という一体感を阻害し、天皇と国民の間を遠ざける存在として、介入してくるのが「地方分権論」であり、「連邦制論」である。
「地方主権」によって成立するであろう、道や州は、「疑似独立国家」であり、それは同時に疑似共和制国家である。
道や州が独立性を強めれば、強めるほど、国民の一体感は薄れ、存在するのは一つの国民ではなく、それぞれの地方の地方人でしかないという傾向が強まる。
つまり、天皇のもとに一体をなしているという日本国民のアイデンティティーは、大きく損なわれてくるのである。
寧ろ、順番から言うならば、天皇を忘れさせ、天皇と国民を分断させる為にこそ「地方主権論」や連邦制論は導入されているかに見える。
「連邦制」それ自体が行政的に、日本国を分断するのはもちろんだが、より深いところでは、天皇と国民を引き離すことにより、日本国民としての一体性を破壊し、ゆくゆくは皇室を破壊することこそ地方主権論者の真の狙いなのであろう。
例えば、このシリーズの第2回目で取り上げた、「『地方主権の提唱』(1990年発表)」という提言書にしても、天皇については、一言も論じてはいない。
天皇を敢えて無視したという形跡が濃厚である。
考えれば、単純な話であろう。
天皇について論ずれば、天皇こそ歴史的な国民統合の象徴であるという事に誰でもが思い当たる。
そうすれば、地方主権論などというバカげた、日本国民を地理的に分断する発想などは生まれてこようがないのである。
既に、言った事ではあるが、最後にもう一度、確認しておきたい。
それは、「大統領制」にしろ、「地方主権論(連邦制論、道州制論)」にしろ、これらはいずれも隠された「共和制革命論」であり、天皇制を転覆しようとする陰謀に他ならない。
天皇のもとに団結した、平等な国民であるという日本におけるデモクラシーの唯一の原点を破壊しようというのが大統領制論や地方主権論であり、その事に日本国民ははやく気がつかなければならない。
大統領制論や地方主権論は、皇室を破壊しようとするばかりでなく、日本国を破壊し、日本国における唯一のデモクラシーの存立基盤を破壊するものでもある。
中央政府と地方自治体の権限の分割の仕方は時代の要請に従って様々に考えられてよいであろう。
また、地方自治体も中央政府も含め、行政というものが、どれほどの権限を持つべきか?という事についても、時代の要請によって、柔軟に考えるべきであろう。
国民自体の自治的能力が高まれば、行政府自体の仕事は減っていっても、一向に構わないのである。
しかし、大統領制論や地方主権論は、こういったプラクティカルな現実論とは、その目的をまったく異にするものである。
もっとも単純に言えば、大統領制論も地方主権論も、日本を解体するという隠れた目的をもった謀略である。
※ 次回はさらに、シリーズ 『共和制革命を狙う人々』 第5回 『地方の人々は本当に地方主権を望んでいるのか?』
に続く。
シリーズ『共和制革命を狙う人々―大統領制、道州制を推進する人々の陰謀と偽善のカラクリ』 第3回
大統領制ほど、一見危険なものではないが、共和制革命のための隠れた一手段となっているのが「道州制」の主張である。
政治改革の文脈の中で、道州制こそ、日本を再活性化する切り札であるなどという誤った宣伝が度々繰り返されている。
大阪府の橋本知事なども、地方主権などという怪しげな言葉は流石に使わないが、道州制には賛成であると聞いている。
道州制、もしくは連邦制は、地方自治を活性化する手段だと言われているが、今、主流となって主張されている道州制論は、統一国家日本の露骨な解体論である。
道や州によって、法律体系まで全く変えてしまえという主張であり、経済効率、行政効率から考えても、日本国を著しく非効率的な分断国家に陥れようという、誠に愚かな政策である。
政策効率だけを考えるならば、むしろ、中央集権をさらに強化したほうが遥かに日本国中、均一のサービスをより安い行政コストで行えるのは非を見るよりも明らかである。
道州制は、表面上の主張に反して、実は国家レベルでみた場合、非常な行政効率の悪化をもたらす愚策でしかない。
確かに、地方色の地方文化を重んじる行政を行いという欲求は存在するであろう。
それならば、日本国の均質な行政体系のもとでかつての江戸時代に習い、300自治体を作ればよいのである。
現在の、衆議院の小選挙区がちょうど300あるから、それぞれの小選挙区が1つの自治体を作り、行政単位となれば、効率を保ちながら、ほぼ同一の人口規模の自治体が個性ある街づくりを行うことができるだろう。
一体、東京と大阪が新幹線で2時間半で結ばれる現代において、あるいは東京と名古屋がリニアモーターカーで一時間以内で結ばれる近未来において、日本国を法体系的に分断し、一国の経済効率と行政効率を悪化させようという試みは、一体、どこから生まれてくるのであろうか?
道州制は、行政改革案としては全くナンセンスなのである。
広域行政をやりたければ、自治体が連合してこれを行えばよい。
更に、広域な行政を行いたければ、それはもはや国家政府の仕事である。
行政効率的には全くナンセンスとしか言いようのない道州制案も、これが隠れた「共和制革命」への謀略の一環としてみれば、誠に巧みな企てということができる。
道州制によって、成立する道や州は昨日のブログで述べたように、極めて地方主権的な色彩の濃いものである。
つまり、道や州は事実上の独立国家となり、これらの独立国家の形式的な連邦としてしか日本国は存在しえないという構造になる。
それぞれの道や州は、極めて主権独立国家に類似したものとなり、これらの疑似国家は、すなわち共和制国家としてしか成立しようがない。
とすれば、道州制が目指すのは、疑似共和制国家による連邦体制に、日本を解体してしまうという事である。
結論からいえば、道州制論は、隠れた「共和制革命論」なのである、そして日本解体論でもある。
道州制論にしろ、大統領制論にしろ、問題の本質は、それが隠れた「共和制革命論」という恐ろしい本質である。
美しい政治改革の仮面のもとに、日本の文化を根本的に否定する人々の醜い謀略の素顔を見抜かなければならない。
共産党のように、正面から天皇制否定、皇室否定、共産主義による共和制革命を訴える人々に対しては常識ある日本人はこれを警戒し、拒否することはできる。
しかし、大統領制論や、道州制論は、一言も表面においては天皇の否定や共和制革命の推進を訴えてはいない。
しかし、その本質を詳しく考えるならば、以上のように論証してきたように、これらの美名に隠れた改革論の本質は、実は共和制革命論なのである。
天皇を国民の統一の象徴として仰ぐという日本国の伝統そのものを根本的に覆そうとする反日的な人々の策謀が、大統領制論や道州制論という形で、現れてきているのである。
これは何も幸福実現党のことについて言っているのではない。
あらゆる大統領制論や、道州制論の根底には、このような危険な悪意が蠢いている。
善意からつまり、日本国を愛するが故に、政治改革を望み、政治改革を望むが故に、大統領制や道州制に共鳴する人々の多いことであろう。
この人たちは、単にこの謀略と策動にひっかった被害者であり、「騙される日本人
」の典型といってよいであろう。
仕掛けに乗せられたこれらの人々に悪意はなく、これらの人々を悪しざまに批難したいとは私は思わない。
むしろ、これらの人々にその悪しき本質について、覚醒してほしいと思い、このようなブログを書いた次第である。
しかし、これらの人々の考えを改めないならば、ある時点から被害者が加害者に変質していくことになる。
統一教会やオウム真理教のような、カルトに洗脳されて信者になったものは、初めは被害者には違いないが、彼らが能動的にカルトの積極的な公布、宣伝に従事するようになれば、その時点から彼らは既に加害者になっているのである。
ごく一部の、悪意を持った仕掛け人を除けば、大部分の大統領制論者や道州制論者は今のところ被害者であると私は感じている。
一刻も早く、事の本質に気が付き、目覚めてほしい。
※ 次回は、シリーズ 『共和制革命を狙う人々』 第4回 「天皇と国民を遠ざける連邦制論」 に続く。
シリーズ『共和制革命を狙う人々―大統領制、道州制を推進する人々の陰謀と偽善のカラクリ』 第2回
第2回 「地方主権論と共和制革命」
▼ 地方主権という言葉のいかがわしさ
政治改革の文脈で、「地方分権論」が主張されて久しい。
「中央集権=悪」であり、「地方分権=善」であるといったような短絡的な思考が今も支配的である。
最近では、宮崎県の東国原知事などが盛んに「地方主権」などという言葉を使っている。
地方主権などという日本語は、まず間違っており、そのような概念自体が成立しようがない。
「主権」とはそもそも、国家に関して言われる概念であり、地方自治体に関して使われる概念ではない。
主権とはそもそも、不可分のものであるというのが元来の定義であって、地方に分割されてしまうなら、それはもはや、主権とは呼べない代物なのである。
「地方主権」という言葉(概念)自体が、それ自体で自己矛盾を抱えた用語なのである。
強いて言えば、「赤い白色」とか、「右向きの左」といった矛盾した言葉である。
宮崎県が、主権を持ちたいというならば、それは宮崎が日本国から独立し、自らの国軍を持ち、自らの防衛に責任を持つことになった時にのみ可能である。
仮に、そうなったとして、その時の「独立宮崎国」は、当然のことながら、君主国ではなく共和国になるのであろう。
「地方主権」という言葉を用いる隠れた危うさが、ここにはもう1つ存在する。
つまり「地方主権」という言葉を使うとき、その先に見えてくるのは皇室を否定した共和国のイメージなのである。
象徴天皇を否定し、日本で共和制革命を実行しようというような謀略めいた考えが、地方主権という言葉の陰に蠢いているのが私には見えるのである。
つまり、宮崎県が、「独立宮崎国家」になればその時初めて「主権」という言葉を使いうるのである。
東国原知事などが実際に要求しているのは、「地方主権」ではなく、「自治権の拡大」である。
自治体という概念は、確固たるものであって、地方主権などという曖昧にしていかがわしい概念ではない。
地方分権を主張し、自治権の拡大を要求するというのならば、その主張に賛否はあっても、筋の通らない主張ではない。
▼ 中央集権と地方分権
日本は、かつて見事なまでに地方分権的な国家であった。
それは江戸時代のことである。
中央に、徳川幕府は存在したが、俗に300所公といわれ、300の大名が、分権的に日本を統治していたのである。
各地方には、それぞれ個性ある文化が生まれ、封建的な分権制度は江戸時代に1つのピークを極めていた。
幕末から明治維新にかけて、このように地方分権的な国家では、近代統一国家としては機能しえないということで、中央集権への流れが決定的になった。
江戸時代の反対で、天皇のもとの中央集権的政府が日本国を統一したルールで統治する体制となった。
近代統一国家を作るには、大変、効率的なやり方であった。
各県知事ですら、県民によって選ばれるのではなく、中央の内務省から中央政府の内務省が各県知事を任命していたのであった。
戦後は、占領軍の改革により、より地方分権的にはなったが、中央官庁の締め付けはなお強く、所謂、三割自治といわれる状況が常に何十年も前から批判されてきた。
「三割自治」とは、各地方自治体の行う仕事のうち、独自の予算で賄える部分が予算上で30%しか存在しなかったからである。
つまり、7割の予算は中央政府からの補助金等によって分配されたものであった。
当然、中央官庁の地方自治体への行政指導力は強力なものがあった。
自治体といえども、3割しか予算の裏付けをもった本当の自治は行えていなかったのである。
日本には、かつて奇妙な中央官庁が二つ存在していた。
1つは、自治省であり、もう1つは行政管理庁である。
行政管理庁とは、謂わば行革を行い、役人の数を減らすための役所である。
言い換えれば、役人を整理するためのお役所である。
誠に奇妙な官庁であった。
自治省というのも、似たようなもので、地方自治を指導する官庁が中央に存在したわけである。
これでは、本当の地方自治の繁栄はもとより不可能であったに違いない。
しかし、地方分権を求める声が高まり、過度の中央官庁への権限の集中が批判されるようになってきた。
地方のバス路線の山の中の停留所を1つ動かすことにさえ、中央の運輸省の許可がいるといったようなバカバカしい許認可行政に対する国民や自治体の反発は一種の国民的なコンセンサスを得てきたと言ってもよいだろう。
無用な許認可行政が政治家や役人の腐敗汚職を生んできたのも確かである。
江戸時代の日本を見れば、日本人は甚だ自治能力に富んだ国民であり、何もかもお役人に決めてもらわなくても社会を十分に運営していくだけの能力はあるのである。
確かに過度の中央集権的許認可行政を正すことは必要であるが、何もかも中央集権が悪く、地方分権が正しいのかとなると、これはこれで大きな疑問である。
例えば教育制度について考えてみれば、明治以来の中央集権のお陰で日本国中、均一のレベルの教育が普及し、これが日本の近代化を促進し、貧富の差が過度に広がることを防いできた。
義務教育の質の高さが社会の共有財産になってきたのである。
北海道の利尻島から、沖縄の石垣島まで全ての小学校の教育設備は均一であり、音楽の音楽室の設備や理科室の設備も、同じ水準のものになっている。
これを日本人は当たり前のこととしてあまり評価しないようだが、これは効率的な明治以来の中央集権制によってのみ成し得た偉大な成果である。
発展途上国に行けば、この様なことは期待できないし、アメリカのように地方分権と自治体の力が強いところでは、このような教育制度の均質な発展は望むべくもない。
アメリカにおいては、経済的に貧しい自治体の公立学校は貧しいままに放置されており、設備は劣悪で、教師の質の極めて低いのが当然のことになっている。このような豊かな自治体は豊かであり、貧しい自治体は貧しいという差別は、警察や教育のみならず、警察や消防においても見られるところである。
自治体の財政主権を重んじるというのは、一見、結構なことのようだが、貧しい自治体においては救いのない状況になってしまうのである。
日本人は、明治以来の中央集権の長所を見ずして、欠点のみを見て、「地方分権=善」、「中央集権=悪」、という短絡的な思考に走っているように思われる。
そこから、「地方主権」などという怪しげな概念も生まれてくるのであろう。
ちなみに、私が知る範囲では、「地方主権」という言葉を使った一番古い例が、1990年に発表された『社団法人 行革国民会議 (地方分権研究会)』による「地方主権の提唱」という提言である。
つまり、地方主権という国家解体を仕掛ける勢力は、約20年も前からその策謀をはたらいてきたわけである。
まことにその根は深いと言わなければならないだろう。
この提言を読んでみると、このレポートを指示していたのは二つの勢力ではないか?
という推論が成り立つ。
それは、第一にアメリカからの圧力であり、第二は日本国内における新左翼的国家解体論である。
当時、アメリカの政権はブッシュ・シニア政権であり、日本に向けて日米構造協議による改革案を日本に盛んに仕掛けていた。
アメリカからみれば、通産省や、大蔵省に代表される、強い中央官庁がアメリカ側の要求に立ちはだかる大きな障害であった。
アメリカを中心とする欧米諸国からの強力な中央集権的日本解体への圧力が、この提言の背後にあったとしても少しもおかしくはない。
この提言書の国内における強力な支持勢力は、新左翼的・市民運動的中央集権解体論であろう。
1970年代には、所謂、革新自治体が日本各地で生まれ、従来の社会主義革命論に変わり、地方分権による日本解体論が大きな勢力を占めていた。
その熱狂的支持者は、従来の社会党や共産党ではなく、新たに登場してきた市民派左翼や、所謂、新左翼であった。
国家権力を解体し、地方自治体の権限を強め、その地方自治体を各個撃破によって、革新自治体化し、やがては日本全体の左翼革命を達成しようとする戦略が多くの支持者を集めていた。
まさに、彼らが望むような政策がこの提言書には溢れていると言ってよいだろう。
※ 次回は、シリーズ 『共和制革命を狙う人々』 第3回 「道州制と共和制革命」 に続く。
シリーズ 『共和制革命を狙う人々―大統領制、道州制を推進する人々の陰謀と偽善のカラクリ』 第1回
我が国において、時折、「大統領制」の採用が話題になる。
最近では、幸福の科学が作った「幸福実現党」の憲法草案が大統領制を採用するということで話題になっている。
結論から言うならば、日本のような体制をとる国においては、原理的に大統領制の採用は不可能である。
大統領制がよいとか、悪いとかいう以前に、政治学的にいって、大統領制を採用することが不可能なのである。
以下、このことを簡単に説明してみたい。
大統領(President)とは、「選挙で選ばれた共和国の元首」のことである。
それでは、日本はそもそも共和国なのであろうか?
日本は、立憲君主制(Constitutional Monarchy)の国であり、共和制の国ではない。
共和制とは、王様のいない国のことである。
日本の天皇は、西洋の王(King)とは確かに本質的に異なる存在である。
西洋の王(King)とは、日本でいえば、将軍に類似した存在である。
武力で天下を制覇し、その子孫が王として一国に君臨している。
日本の天皇は、徳川家や足利家のような将軍家を遥かに凌駕する権威をもった王以上の存在である。
しかし、国家の体制の分類上は、日本が立憲君主制であるのは言うまでもなく明らかである。
日本が共和制でない以上、大統領制はその定義からして原理的に採用することは不可能なのである。
もっとも、英語の世界で最も権威ある辞書と呼ばれるOxford Dictionary of English (ODE)によれば、「President」とは、「the elected head of a republican state.」と定義してある。
つまり、「選挙で選出されたところの元首」という意味である。
ちなみに「head of a state.」とは、「元首」という意味である。
国家とか政治に関わりのない場合、presidentとは、「さまざまな組織の最高責任者」という程の意味である。
世界の大統領も、大体2種類に分けて考えることができる。
第1種の大統領は、フランスやアメリカの大統領のように、実質的に国家権力を行使する大統領である。
大統領はこの場合、行政府の長であり、国軍の最高司令官であり、同時に元首でもある。
第2種の大統領は、ドイツやアイスランドの大統領のように、実質的な国家権力を持たない、名目的な国家元首としての大統領である。
この種の大統領は、国民全体によって選ばれるが、実質的な政治権力からは切り離され、国家の名目的な代表者(元首)として、象徴的にあるいは儀式的に機能するだけの存在である。
いずれにせよ、大統領は共和国(世襲的王権の存在しない国)において、国民一般が選び出す共和国のTOPである。
世界中のあらゆる国において、世襲的王政の存在する国では、大統領は存在していない。
これには1つの例外もない。
王政の存在する国において、実質的な政治の最高権力者は「総理大臣」である。
王政のある国においては、議院内閣制がとられ、議会が行政の最高責任者である首相を選出する。
首相は行政府の最高責任者であるが、元首ではない。
立憲君主制を採っているイギリスでもスウェーデンでも、オランダでも、ノルウェーでも、このことには1つの例外も存在しない。
同じく、立憲君主制を採っている日本でも、議院内閣制こそがデモクラシーを前提とした場合、唯一の可能な政治体制であり、大統領制の採用はあり得ない。
これは、原理的に、歴史的に、常識的に言って、あり得ないのである。
もし、日本において大統領制を採用するというならば、それは、ただ一つの可能性しかあり得ない。
それは、君主制を打倒し、排除する共和制を導入する場合のみである。
日本国民が、それを望まない以上、大統領制に関する議論は全くのナンセンスであり、如何なる大統領制であれ、全く議論に値しないということができる。
大統領制そのものではないが、かつての中曽根首相のように、「首相公選制」による「大統領的首相」の必要を説くものもいる。
あらゆる改革を進める為には、政治権力の集中と強力な指導者が必要であり、その為に国民の直接選挙による大統領的首相の必要を主張するのであろう。
その気分は、僅かながら理解はできるが、首相は首相であり、大統領は大統領であり、大統領的首相などという鵺のような存在は世界中見渡してもこれを発見することはできない。
国民全体によって、一人の政治家が国の最高権力者として選出されてしまえば、その存在は元首に極めて近いものにならざるを得ない。
そのような存在が元首たる君主と並列する事は国家の体制に矛盾を産むことになる。
それ故に、国民全体によって選ばれる大統領は、存在しても、国民全体によって選ばれる首相は存在しえないのである。
(共和国においては、大統領の下に首相が存在する事がある。)
唯一、首相公選制が存在した国家があった。
それは、イスラエルである。
小党乱立気味のイスラエルにおいて、強力なリーダーシップを期待して首相公選制が一時採用されたが、これもやがて放棄され、今や首相公選を採用している国家はひとつも存在しない。
ちなみにイスラエルは、共和制国家なので名目的元首としての大統領が、国民全体から選出され、この大統領が様々な政治的要素を比較考量し、次期内閣総理大臣を指名する事になっている。
別の言い方をすれば、安定した内閣を組織できそうな政治家に組閣のチャンスを与え、それが不可能な場合は、また別の政治家にチャンスを与えるのである。
以上のように、一般国民による首相の直接選挙すらやっている国は世界中、一つも存在しないのである。
このような世界の常識を知らずして、大統領制の採用を唱えることはあまりに無知な行為なのではないだろうか?
もし、それが無知な行為でないとすれば、大統領制を唱えるものは、日本において皇室を否定する革命を行おうとする者である。
※ 次回は、
シリーズ 『共和制革命を狙う人々』 第2回 「地方主権論と共和制革命」 に続く。


