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『未来学の基礎と検証』シリーズ第1回 - 4 (/4) 藤井論文、20年前の論文を読む

投稿日:2009,05,26

 いよいよ、この連載の最終回である。

※ 1(/4) 「自由経済化の奔流」「なぜ共産主義は破綻したか」 
  2 (/4) 「裏切られた必然」  
  3 (/4)  「低開発国のディレンマ」


この論文全体を、貫いているモチーフは、資本主義経済が構造的に世界レベルで変質しているという事である。
しかも、その構造変化の中軸が南北関係にあるということでもある。

 私はこの3月に『ドンと来い!大恐慌 』という本を出版したが、この本も世界的な資本主義の構造変化という基本的視点から現在の金融恐慌の有り様を説明したものである。
 私が、常々不満に思っているのは、このような真にマクロな視点からの経済や国際関係の構造分析が甚だ少ないという点である。
今、巷には、「大恐慌」を冠したタイトルの本が溢れているが、それらの本の殆どは、純粋な現象の説明に終始していて、その背後にある経済の構造変化に目を向けていない。

 まして、一国ではなく、国際的な資本主義の構造変化ということについて論じている論文や書籍は稀有である。

 この論文の中では、今回紹介する最後の部分において、将来の展望が明示されている。
それが、現時点から見てどの程度あたっているか、またどのように、またどの程度、修正されなければならないか、についてはこの論文の後で解説したい。


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 ※ 以下は、10ページの論文記事を4回に分けてお届けするシリーズの第4回分(最終回)である。

          (中央公論1989年9月号掲載論文 『共産主義「終焉」の後に 』 より)
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【 5.新たな世界経営に向けて 】


 従来の状況では、低開発国が共産化した場合、2つの行き方があった。
1つはソ連を中心にしたコメコンの分業体制に組み入れられる道、もう1つは、完全に自力更生路線を歩む道である。
キューバやベトナムは前者を選んだし、カンボジアやアルバニアは後者を選んだ。
低開発経済とは、単に経済発展が遅れている状態ではなく、先進国への従属構造に組み込まれた低開発状態である。

 こういった状況下で、先進資本主義国との関係を完全に断絶して経済発展を目指すには、信じ難いほどの困難を伴う。
たとえコメコン体制に入っても、ソ連の自己中心的な分業体制の中で煮え湯を飲まされることになる。

 国の人口の3分の1が虐殺されたと言われるカンボジアの悲劇は、このような無理を強権によって断行しようとしたことから生じた。
エチオピアの飢餓も、半分は異常気象のゆえではあるが、半分は西側と断行し、無理矢理、共産主義化しようとしたエチオピア政府の責任である。
近年ようやく鎖国の扉をあけ始めたアルバニアの経済は、ほとんど中世的と言ってよいほどに停滞している。

 一方、韓国、台湾、シンガポール、香港などNIESと言われる国々を中心に、資本主義圏の低開発国の中から、本格的に経済的離陸をする国が現れ始めた。
最近では、タイ、インドネシア、マレーシア等の発展も注目されている。

 低開発国が、自由主義経済圏に留まりながらも、自立的に近代化してゆく現実の可能性が拡大してきた。これに関しては、政治的理由と経済的理由の2つを考える事ができる。
 いずれも先進資本主義諸国の第三世界への対応が、根本的に変化したことに起因した客観情勢の変容である。

 第1は、アメリカが反共を唱える第三世界の独裁政権、しかも真の民族主義的基盤のないそれを支持して、民族主義勢力を共産化してしまう失敗を犯さなくなったことである。
アメリカも他の西側先進国も、反共ですべてを黒く塗りつぶしてしまうことの失敗に気付いた。
これにはキューバ革命やベトナム戦争の教訓が大いに生かされている。
これらの失敗からアメリカは高価な教訓を学んだとも言える。

 レーガン政権は戦後の歴代アメリカ政権の中でも最も反共・タカ派的な政権としてスタートしたが、韓国、フィリピン、ラテン・アメリカ諸国(チリ、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ等)、カリブ海諸国の民主化運動を支持してきた
これら諸国の民主化は、近年のアメリカ外交の最も輝かしい成果の1つである。
現ブッシュ政権もこの路線をさらに強力に推し進めている。
ニカラグアではキューバに似たボタンのかけ違いがあったが、これもソ連の軌道修正とともに、修復されるはずである。

 第2のより重要な経済上の変化は、先進資本主義国、特にその中枢的存在であるアメリカの多国籍企業エスタブリッシュメントが、中国、ソ連・東欧圏はもとより、第三世界の経済開発・近代化の方向に大きく乗り出してきたことである。
即ち、共産圏をも含む世界の低開発状態にある国々の開発をはかることにより、世界経済の新しい発展パターンを創造するという方向に、アメリカのビック・ビジネスは方向転換しつつあるのである。
この事実を証明するには、この小論では十分ではないが、ともかくもアメリカ財界人の一部の用語を借りれば、“グローバル・ニューディール”、もしくは“南北間マーシャル・プラン”といわれるような構想が、アメリカ多国籍企業のグランド・ストラテジーとして定着し、コンセンサスを得つつある。
このような経済戦略が根底にあるがゆえに、第一のアメリカの対第三世界政治戦略の方向転換が可能になってきたのである。

 このようなアメリカ多国籍企業の戦略的方向転換を必然としたのは、世界的資本主義経済の成長パターンの行詰まりである。
先進資本主義国(日米欧)の世界人口に占める比率はわずか15%、この15%の人口の消費のみによって世界経済の成長を支えることは、ますます難しくなってきた。
有効な投資機会の減少は、先進国経済の金余り、そして投機化を不可避の結果として招来した。

その破局が87年10月の世界的株価大暴落(ブラック・マンデー)であった。

 また先進国における有効な投資機会の減少は、第一次石油ショック後還流してきたペトロダラーの投資先を、潜在的成長力はあるが、きわめて危険性の高いラテン・アメリカを中心とする第三世界に求めさせる結果となった。
この結末が88年末現在1兆3000億ドルを上回っている第三世界の累積債務問題である。
いずれも、先進国の消費主導型の成長パターンの行詰りから生じた破局といってよい。

 一見好調そうに見える世界経済も、このような病弊に悩んでいる。
この行詰りから脱する本道は、世界人口の85%を占める共産国と第三世界の消費水準の向上と経済開発を図ることである。
アメリカの多国籍企業エスタブリッシュメントの戦略的方向転換の背後には、このような現実認識があると言ってよい。
このグローバル・ニューディール戦略を推進する為に誕生したのが、ブッシュ政権とも言えるわけである。

 85年のベーカー構想、89年3月のブレイディ構想と、アメリカは相次いで累積債務対策に、より柔軟かつ妥協的な解決案を提案してきた。
89年7月にはブレイディ構想適用第一例であるメキシコに対して、債務を35%縮小(棒引き)することに先進国が合意している。
このような大胆な妥協も、また同様の債務解決案をポーランドのような共産圏にも適用してゆこうという提案も、アメリカの第三世界・共産圏開発戦略、即ち世界の低開発地域に最終市場を創造してゆこうという意図と整合的なものである。

 このような資本主義の地球的な変貌には多大な困難が伴うし、事実現在、多大の困難を伴ってこの構造変化は進行中である。
それは低開発国がもはや共産主義という苦難に満ちた選択をせずに、資本主義経済圏内で自立し経済発展し得る環境が出来つつあるということでもある。
このような展望を楽観的過ぎると批判する人々は、19世紀以来、資本主義と自由社会が見せてきた恐るべき構造変化への柔軟性を忘れていると言わざるを得ない。
かつて古典的マルクス主義者によって解決不可能と思われた、先進資本主義国内の階級対立が、社会福祉対策の導入と修正資本主義路線の確立によってみごとに解決したように、現在の南北問題という一種の国際的階級対立も、資本主義の世界的構造変化によって解消されつつある。

 中国、ソ連、東欧のような既存の共産主義国は踵を接して自由主義化しつつある。
第三世界の国々がもはや共産主義を選択すべき必然性は解消しつつある。
共産主義は完全に終焉しつつある。

 東西対立を越えた新しい時代の地平線が開けつつある。
新たな自由経済の地球的発展の時代が到来しつつある。
この時代を支える新しい理念は、民族自立の確立、南北共生的経済発展、地球環境の整備の3つであろう。
この三大理念は、また人類の直面する三大課題でもある。
共産主義の終焉とは、共産主義が解決することのできなかったこれらの三大課題を、自由主義社会が担ってゆかねばならないということでもある。

 自由主義社会の一員でもある日本の、そして我々の責務はまことに重大である。


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※ 今回が第4回連載の最終章になります。  
  この企画の紹介論文は、4回に分けてご紹介させて頂きました。
※ 1(/4) 「自由経済化の奔流」「なぜ共産主義は破綻したか」 
  2 (/4) 「裏切られた必然」  
  3 (/4)  「低開発国のディレンマ」

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【 第4回掲載分の 補足的解説 】

 この論文の最後の部分を私は決して楽観的な気分で書いたわけではない。
しかし、今から読み返してみると、やはり当時の私は現在よりは楽観的だったようである。
20年前には予測できなかったのは、以下のようなポイントである。

1、 今日のシナのように経済は資本主義化しているが、政治においては近代化・民主化していない国が登場してきたことである。

 この論文においては、低開発国が資本主義化してくれば、それに付随して政治構造も近代化してくるという前提に立っていた。
しかし、そのようではない国が現実に生まれてきたのである。


2、 それと関係していることであるが、イスラム原理主義のような、世界の資本主義経済への統合そのものを拒否し、かつ思想的にも近代化そのものを否定するような政治勢力が生まれてきたことである。
イスラム原理主義の問題は、必ずしも民族主義の問題ではなく、イスラム教という普遍宗教にかかわる問題である。
しかし、そのかなりの部分は、アラブ民族に特有な民族問題とも捉えることができる。
 これも当時は予見できなかった問題である。

3、 環境問題が、より大きな課題となることはこの論文が的確に予測していた。
 しかし、CO2排出権取引に代表されるような、「エセ環境問題」がこれほど大きく取り上げられるとは予想していなかった。
低開発国の経済開発の問題は、必然的に環境問題を内包することになる。
その点で、南北問題の解決と環境問題は不可分に結びついている。
しかし、賢明な読者の多くはご存知だと思うが、CO2排出権取引はCO2の排出そのものを減少させる仕組みではない。
いたずらに排出権の金融商品化を促進し、そのバブル化さえ引き起こしかねない。
 そのような点において、我々は歪んだ環境問題の取り上げられ方に十二分に注意していかなければならないだろう。


4、 第三世界が今日のように、先進国の勤労者一般に大きな脅威になるとは、20年前の私は予想していなかった。
 この点もあまりに楽観的だと批判されても仕方がないだろう。

 つまり、第三世界の近代化の経済発展につれて、先進国の勤労者一般の賃金が引き下げられ、失業すら生むに至っている。
20年前の私は先進国経済はより高度な製造業やサービス産業に特化してゆくことによって、南北関係はスムーズにそして相互補完的に進展してゆくものと考えていた。
しかし、今日の現状を見ると、南北間には明らかにゼロサムゲーム的な関係も存在する


   以上が私の反省点である。
これらの反省点は、最近の私の書物には全て反映されている。

 またこの論文では、その長さに制限(字数制限)があることから、こういった構造変化の中で、日本がどのような国家戦略をとっていくべきか?については、まったく触れていない。

日本の国防戦略、また経済戦略については今後、この大きな未来予測の中で論じていきたい。