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本日は、早朝から習近平の天皇陛下との拝謁に抗議 (1 経団連会館篇)

投稿日:2009,12,15


本日は朝7時過ぎから経団連会館前に行き、習近平の天皇陛下への拝謁強行に抗議をしてきた。



残念ながら、経団連会館前での抗議集会は出来なかった。
経団連会館近くの抗議集会場所まで近づく事さえも非常に難しいという状況であった。

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(↑ 写真のように、最寄りの地下鉄からの地上出口は、警察官により封鎖されているといってもよい状況で、それ以外の近くの出口も厳戒態勢で、東京駅から経団連会館方面への地上の移動も、厳重チェックされ尋問されるという状態だった)

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(↑ 写真は、経団連会館前。関係者やデモ参加者は近づけない。スーツ姿で多数立っているのは、私服警官ばかりだ。)

私も東京駅に着いてから、丸の内北口を出て、経団連会館の方向に向かった。
携帯電話で既に、現場に到着した参加者の方から、会館前に近づく事すら非常に難しいと、報告を受けた。
警察官による、二重・三重のチェックがあり、地下鉄の出口から出られないデモ参加者もいるという。
経団連会館の方向に向かって歩いていると、チャンネル桜の視聴者と思しき30代(?)の男性から、話しかけられる。
「警官の警備に阻止され、経団連会館前に辿り着けなかった」という。
私は、経団連会館の角で、チャンネル桜のスタッフや、デモ参加者が、警官隊と揉み合っている様子を目撃した。

私は、すっかり経団連会館の車寄せに既に抗議運動参加者が到達していると思い、角をすり抜けて、会館中央の車寄せの方に向かった。
私は、難なく警察官に尋問される事もなく、角をまがったのだが、おそらく、背広にネクタイ姿でさりげなく通ったので、デモ参加者とは思われなかったのであろう。

JAビルの方に近いあたりまで歩いてみたが、その周辺には期待に反して抗議する人々の姿は全くなかった。
やもえず私は真っ直ぐ歩き、東京消防庁の前あたりに到達した。
警察官の姿も殆ど無いので、先ほど電話をもらった関係者に携帯電話をしたところ、現場での抗議活動はとても出来そうにもない様子であるという。

私は内堀通にでて気象庁の方を回り、北の方から、経団連会館の方向を目指した。
此方の方は警察官の姿も殆どない。
歩いてゆくと、チャンネル桜の水島社長やデモ参加者の集団と合流する事が出来た。
これが午前7時50分くらいであった。

直接の抗議は出来なかったが、その直後、目の前を、習近平を乗せた自動車の一団が経団連会館の後方の車寄せから入ってゆくのを目撃する事が出来た。
その後、移動が許されたが、抗議集会に与えられたのは、東京三菱UFJ銀行の角であり、経団連会館からは、丸々1ブロック離れた交差点の角であった。
ここで、午前8時くらいから抗議集会が始まった。


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(↑ 厳戒態勢による警備により、集合場所である経団連会館前へと集まる事が阻止され、現地近くに到着後、集会場所に辿り着くまで非常に苦戦した。驚くべき厳戒態勢の現地。普通の近辺の会社員の人さえも、通れず迂回を進められた現地。)

殆どの人は、何度も身分証明チェックや、ここに来た目的や行き先を尋ねられ、近づけない状況が長い時間続き、他の遠い出口から一度、地上に出て迂回してからようやく現地に近付けたという状況であった。

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(↑ 周辺の出入り口さえも、地下の時点で検問され、上がってくる一部の会社員も、再度、地上出口で再検問される程の厳重警戒だ。)

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(↑ 警察の警備でこれ以上1歩も前に近付けない中、必死に抗議する集会参加者)

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 東京三菱UFJ銀行の角で、午前8時から9時まで、街頭抗議集会を続ける。
チャンネル桜の水島社長、日本ウイグル協会のイリハム・マハムティさん、台湾研究ふフォーラムの永山秀樹さんらが次々に、マイクを握って、習近平の来日に抗議し、天皇陛下との強行会見に強い抗議の言葉を投げかけた。

特に、今年7月5日のウルムチにおけるウイグル人虐殺の責任者である習近平を糾弾するイリハムさんの演説には迫力があった。

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(↑ 現地に近づく事さえ難しく寒いビル風が吹き抜ける中、抗議する人々)

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 周りを見渡すと、抗議の参加者は、思い思いの格好をしたごく普通の人々である。
まさに、老若男女様々である。

 若い人はともかく、お年寄りの男女の方々もかなりの数にのぼり、早朝の寒気の中での立ちっぱなしの集会は、かなり辛いのではないかと健康が心配になるほどであった。
 習近平来日と、小沢民主党幹事長による天皇陛下との会見強制に、ごく普通の国民が怒りを感じて、矢も楯もたまらず、駆けつけたという感じである。

 私も小沢の記者会見を見た友人数人から、前夜、携帯電話で小沢の傲慢さに怒りをおぼえる旨の電話をもらっていた。
普段、政治や皇室にあまり関心のない人々も、怒りを感じているという事を実感した。

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(↑ 急なデモであり、また早朝からであったにも関わらず、皆、思い思いのメッセージを表現したパネルなどを準備して駆けつけてくれたようだ)

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(↑ 警察からの厳戒警備も関係なく、自由に行き来し報道が出来るNHK取材者達。しかし、その特権を活かし収録した我々の真意、メッセージは報道されるのだろうか?)

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(↑ それに対し、様々な注意を受けながら、警察付きっきりの中、必死に撮影して下さったチャンネル桜スタッフやニコニコ生中継収録の有志の方々。こちらは誠実に事実を報道する側である。)

 12月15日夜、NHKその他民放のTVニュースをいくつかチェックしたが、我々の抗議集会について、報道しているものは皆無であった。
また、習近平がウルムチ虐殺の責任者であるという事実を伝えているテレビ局も皆無であった。
 天皇陛下との強行会見に関しては、1か月前に会見の要請をするというルールが破られた、という点だけが過度にクローズアップされて取り上げられていた。

 例えば、谷垣自民党総裁の批判なども、その「1か月ルール」のみに集中しており、習近平がそもそも天皇陛下の謁見を賜るにふさわしい人物ではない、という最も重大な論点は完全に無視されていた。
 それにしても、マスメディア、特に大新聞と地上波テレビの堕落ぶりには目を覆うものがある。
 多くの人々が、最早、新聞やTVを全く信用せず、インターネットによる事実の報道に神経を集中するようになってきている。
最早、テレビの虚構性に、惑わされる人々の数は日々、大幅に減少しつつあるようだ。

 偶然、東京駅で、読売新聞の英字新聞である『THE DAILY YOMIURI』を買った。
一面で、昨日到着した習近平が羽田空港で花束を受け取る大きな写真を載せている。
その記事の見出しは「Japan,China eye deeper strategic ties」となっている。
日本語に訳せば、「日本とシナはより深い戦略的提携を目指す」という事にでもなろうか。

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この見出しの「eye」は名詞の「目」ではなく、動詞の「見つめる」、「凝視する」という意味である。

新聞の見出しとしては、全くミスリーディングである。
鳩山内閣や、民主党は、反米親中で日中関係重視であるが、これに対する反対意見は日本国内には根強いものがある。
特に今回の習近平来日に関しては、一般世論上では、批判が渦を巻いている。
こんな見出しを読んだ外国人は、日本の世論の真の動向を全く誤解してしまうだろう。

一般に、日本の英字新聞は、本紙よりも反日左翼傾向が強い。
これは「毎日変態事件」でも明らかになったところだ。
ちなみに、世界の主要な新聞社で、本紙とは別に、英字版を出しているのは、日本の新聞社ぐらいのものである。

英字新聞自身が、敗戦後の占領状態の残滓の1つであるとも言えるだろう。

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 東京三菱UFJ前での街宣活動で、私にもマイクが回ってきたので、確か、2回ほど、スピーチをさせてもらったと思う。
 論点は、いくつか述べたが、特に言いたかったのは、以下の2点である。

 第1は、習近平が、ウイグル人虐殺の責任者であり、例外的に天皇陛下の拝謁を賜るのには誠に適した人物ではない事である。
 第2に、「天皇の国事行為」に関する小沢一郎民主党幹事長の解釈は、全く誤りである、という事だ。
特に、2番目の点に関しては、政治学者として、正確に批判しておく必要があると思い、街頭での演説には、適していなかったかもしれないが、要点を尽くして説明したつもりである。


前篇の一部


後半の一部



 当日、早朝の経団連への抗議から、夕刻の銀座ハチ公前での街頭演説会まで、水島社長とともに、先頭に立ち、一番、切り込み隊長として、頑張ってくれたのが、永山秀樹さんだったと思う。
 永山さんの街頭演説も、誠に見事なものであった。
内容があるのは勿論だが、通りがかりの人々の注意をひく当意即妙な話術にも、大いに感心した。

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 永山さんの話など、当日の話を録音したものについては、明日以降に、ポットキャスト形式の音声データを編集UPし、このブログでも再度、正確に取り上げたいと思う。

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 初期の時点から、日本におけるウイグル人支持の活動を続けてきた上薗益男さんも、15日は大活躍だった。
永山さんと上薗さんの名コンビのおかげで、当日は、何度もピンチを乗り越え、抗議活動をスムーズに進める事が出来た。

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 我々の街頭演説は、警備の警察官の耳に、どのように響いたのだろうか?


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 憂国の熱情溢れる上薗さんの名演説。



聞いていて、思わず目頭が熱くなる事もあった。


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 拝金主義に溺れ、シナの独裁者に媚びを売る経団連の面々に、日本人としての自覚を取り戻すよう、訴えた。
習近平の朝一番の予定が、経団連の面々との朝食会であったというのは、誠に象徴的で、日本財界の堕落ぶりを物語っている。



経団連の面々は、自分たちの大先輩である、石坂泰三や、土光敏夫といった、真の財界人に対して、恥ずかしくはないのだろうか?

 石坂や、土光は、経済人である前に、先ず日本人であった。

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(↑この後、警備する警察隊員に最後に、何とか日本人として経団連会館に近づき、抗議させて欲しいと訴える水島社長)

 当然の事ながら、当日、最も頑張った運動の中心は、水島総チャンネル桜社長であった。
街頭でマイクを握った時間もおそらく一番長かったと思う。

 乾いた冬の寒気の中で、5分間も大きな声で演説していると、喉と口の中はカラカラになってしまう。
また、長時間にわたり、聴衆をひきつける街頭演説をするというのは、至難の業である。

 水島社長は、運動をまとめつつ、人心をつかむ見事な演説を各所で展開してくれた。
午前9時頃、三菱東京UFJ銀行の角から、経団連会館前に移動しようと試みたが、警察隊の列に阻止され、デモ参加者は動く事が出来なかった。

この折の日本の危機を訴える水島さんの演説には、深く人の心に訴えるものがあった。
水島社長は、警備の警察官に向けて、語りかけていた。
「警察官も上司の命令で、警備しているのだろうが、先ず警察官である以前に、日本人であって欲しい。我々は街宣車に乗っているような所謂右翼の活動家ではない。やむにやまれぬ気持ちで集まった真っ当な日本国民である。
経団連会館の前で抗議を行っても、決して、無用なトラブルや暴力沙汰を引き起こす事はない。
だから是非、警備の列をほどき、我々の移動を許可して欲しい。」
といった旨の演説を、繰り返し、警察官に向けて訴えた。

デモ参加者が、移動しようとすると、警察官との間でかなりの押し合いへし合いになった。

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 参加者には高齢の方も多く、激しい押し合いの中で、けが人が出るのではないかと私は心配でしょうが無かった。
そんな混乱の中で、1名警察に身柄を拘束される者まで出現した。
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(↑ 参加者が連行されてしまった瞬間)
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(↑ 即時釈放を訴え、抗議し助けようとする参加者)

(当日、後刻、釈放されたと聞いている。)




水島社長の警察官への訴えは、相当、効き目があったようである。

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前列にいる若い警察官の中には瞳を潤ませているものも一人ならずいた。
後で、聞いたところでは、水島社長自身に、心情を訴える警察官もいたとの事である。

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 心ならずも警備の最前線に立たされた、警察官も多くいたに違いない。
単なる業務と割り切っていた者もいるには違いないが、寧ろ、愛国心のあるまともな警察官ほど、心に大きな矛盾を感じていたのではないか。

 それを感じると、寧ろ、痛々しい想いさえする。


 その折、ふと、一句、心に浮かんだ。

 『冬空に 日の丸悲し 大手町』 厳喜 
 
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 警察との対峙が、しばらく続いた後、午前9時45分ごろ、移動が許可された。

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 習近平が既に経団連会館を去ったという事もあろうが、抗議参加者の心情が警備側にも伝わったのではないか、と思った。
おそらく、極左や極右の集団に対しては、あり得なかった警察側の判断であろう。

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 私は、この時、経団連会館に向かおうとしていたが、チャンネル桜の井上さんに声をかけられ、その指示に従い、東京駅・丸の内北口で街宣活動をしている、地方議員の方に合流する事とした。

 丸の内北口に到着したのが、10時05分くらいであった。

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