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現在発売中の週刊現代、ポール・クルーグマン・インタビュー批判

投稿日:2009,06,16

現在発売中の週刊現代(6月27日号)が、『独占 P・クルーグマン「景気回復の正しい読み方」』と題するインタビュー記事を掲載している。

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今更言う必要はないと思うが、クルーグマン氏は2008年のノーベル経済学賞受賞者であり、米プリンストン大学教授の著名なエコノミストである。



彼の論点を簡単に批判してみたい。

 昨今、日本に関するコメント等で何かと話題の多くなったクルーグマン氏である。
コンビニエンスストアで、表紙にかかれた「独占 P・クルーグマン」の特集という文字に目がとまり、開いてみた。

 中は、写真を入れてたった4ページの短い記事ではあるが、全体としての印象は、クルーグマンの言っている事も結構、いい加減である。


1、 クルーグマンによれば、実質的な国有化による米GM救済策に関しては、
「勝算は五分五分―。明らかにギャンブルだが、賭ける価値は十分にある」 そうだが、私はほぼ確実にGMの救済は失敗すると予測している。

 理由はいくつもある。しかし、最も重要な救済失敗となる理由はGMが時代の要請に沿った魅力ある車を今後とても製造できそうにも無いからである。
金融的に救済しても、市場の求める自動車が作れなければGM全体の救済は不可能である
発展途上国の自動車産業の追い上げもある。
日本の自動車産業ですら苦しい立場に置かれているのに、GMが全体として復活する事は殆ど不可能であろう。
現実的には恐らくGMの中で最も特徴のある(市場競争力のある)いくつかの部門だけが生き残る事になるだろう。


2、 クルーグマンもかなりいい加減だなぁーと思うのは、インタビューの中の次のような言葉である。


 一方で、「景気後退がこの夏に終わっても驚かない」(つまり、この夏を大底としてアメリカ景気は上昇する)と言っておきながら、他方では「失業率の上昇は今後も続くし少なくとも来年いっぱいは高止まりするだろう」
「そうなれば、GDPが多少は上向いたとしても経済低迷はなお数年は続く事になります」
とも答えている。
一体景気は回復するのか?不況が続くのか?クルーグマンの答えは全くハッキリしていない。

 分かれ道に立って、「右に行くかもしれないし左に行くかもしれない」と言っているに等しい。
ただし、インタビューの行間を読めば、アメリカ景気の先行きにはどちらかと言えば悲観的なようだ。
はっきりモノが言えないというのは要は自分の予測に確信が持てないからだろう。


3、 クルーグマンの意見に賛成する部分もある。

2002年から2007年にかけて日本が景気回復している時に日本は外需依存の体質を改めて内需主導的な成長のパターンに経済を構造変革すべきであった、との主張に関しては私は全く同意する。
かねてから私自身が主張していた点でもある。
近著、『ドンと来い!大恐慌』でも、そのような主張を展開している。

 ただし、現状の日本経済の停滞への対策としてインフレ・ターゲット論を主張するだけでは全くポイントがずれている。
内需拡大を伴わないインフレ政策は、スタグフレーション(物価上昇と景気後退の同時進行)をもたらすだけである。
政財官・協力しての内需喚起策(ケインズ主義的政策と言っても良い)を断行しない限り日本経済は現在の停滞を脱する事はできない。

 真の内需主導型の景気回復が起きて来たときに初めてその結果として適度なインフレが起きてくるのである。

歴史上、インフレを人工的に制御して起こし、それをコントロール出来た試しは無い。
経済成長の結果としてインフレが起きてくると言うのが最も正常な状態であり単に通貨供給量を増やすだけでは景気は良くならない。
クルーグマンは、日銀が通貨供給量さえ増やせば適度なインフレがおき景気が良くなると考えているようだが、この考えはハッキリ言って間違っている。
いくら通貨供給量を増やして金を借りやすくしたところで、需要の拡大が無ければ経済は成長しない。




4、 クルーグマンは麻生政権が行った定額給付金政策をこっ酷く批判している。
 それが景気刺激策にはならないという理由からである。
一方で、今後予想される日本の消費税率アップには、ハッキリと反対している。

「消費税率アップをこれほど景気が悪い上体で実施するのは馬鹿げている」
「今は断じて、消費税を引き上げるべき時ではありません」
と、断言している。

 これはこれで最もな発言のように聞こえる。
しかし、よく考えれば彼の発言は矛盾している。
定額給付金は考えようによっては「戻し税」であり、一時的であるにせよ、消費税の低下とも考えられるわけである。
「消費税のアップ」に反対するクルーグマンの考え方からすれば、消費税の引き下げは明らかに景気にはプラスになるはずである。
二つの発言は論理的には矛盾しているように思われる。





5、 短いインタビューであるので、クルーグマンが世界経済を全体として今現在どのように捉えているかは(この記事では)不明である。

しかし、このインタビューが見落としているのは、現在の世界経済の最も基本的な構造上の矛盾である。
それは、一言で言えば「経済上の南北問題」である。

低開発国の産業が発展し、低開発諸国の国民の生活は相対的に良くなっているが、一方、これらの低開発国に追い上げられている成熟産業を持った先進国の経済は衰退し、先進国の勤労者の生活水準は相対的に引き下げられつつある。
世界経済全体とすれば、非常にマクロ的に言えば、賃金の平準化が起きているのであり、これがグローバルなマーケット(市場原理主義)のもたらした必然的な一つの結果である。

トーマス・フリードマン『フラット化する世界(上) 』の『フラット化』とはまさに南北間の経済の平準化を言っているのである。



フリードマンは「フラット化」というが、この言葉は極めてミスリーディングである。
何故なら南北間がフラット化する一方で、世界全体としてみれば、経済構造は著しく垂直化しているからである。
つまりそこには、グローバルな経済階級社会が形成されつつあるのである。
「フラット化」ではなく「垂直化=ヴァーティカル(Vertical)」な社会である。

クルーグマンがこの事を明確に認識しているのかいないのかは、この短いインタビューからは分からない。
しかし、この世界経済の水平化と垂直化の2つのトレンドを同時に見ておかなければ、世界経済の全体像は見えないし、各国政府が取るべき正しい経済政策も提言できないであろう。

 


 
6、 クルーグマンの警告の中で我々が真摯に受け止めなければならないものもある。

それは、金融危機以来、アメリカ人のメンタリティが変化し、借金してでもモノを買う体質が変質し、貯蓄に励むようになったという指摘である。
これがもしそのとおりならば、日本の対米輸出は今後長期的に大きな打撃を受ける事になる。
例えアメリカで景気が回復したとしても、かつてのようには日本製品が売れないという自体が起こる事になる。

 その点からも日本は本格的な内需拡大策を取る事が重要であると私は思う。